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81 屋上職人 ~デビューの日に~ 【SF】

夕夏ゆうかは今日、屋上職人としてのデビューを果たした。前職はうなぎ屋のアルバイト。絶滅危惧種を喜んで食べる日本人は、21世紀の中ごろ、この屋上職人が世界的な仕事となるまでに激減していた。


そのうえ、感染症によって店のなかでうなぎを食べていく客もほぼいなくなり、夜の酒とうなぎの高揚感を目当てに来ていた客も、酒類禁止令が出て消えた。


まっさきにしわ寄せが来たのは、フリーターのアルバイトとして、土日の昼や夜やお盆休みなど、空いた時間を真面目に働いていた夕夏だ。


シフトは入っておらず、無給なのにクビにもならず。中途半端な状態では政府からの給付金を受け取ることもできず、親や親戚などとの仲が悪く、絶縁状態でひとり暮らしをしている夕夏は、そこへ連絡が行く生活保護を申請するわけにもいかない。


行き詰った夕夏は、うなぎ屋をやめた。が、次の仕事が決まらず、家賃も食費も払えなくなりそうな日々。


助かったのは、面倒見の良い大家さん、熊吉くまきちが、公の家賃支援や、子ども食堂やフードバンクが行っている一般の困窮したひとたちへの食料支援、そしてひとまずハローワークへ行けば日給が出る「屋上職人」になれるという情報をこまめに伝えてくれていたことだ。


日給8000円。雨の日や雪の日はすこし大変だが、指定された時間帯にいるだけの簡単な仕事。

夕夏はそれを選択した。これで家賃も食費も払える。ほんとうの仕事と言えるのかは分からないが、とりあえず「屋上職人」になれた。それは、彼女に安堵感をもたらした。


屋上職人は、最初、傾聴ができるほどのベテランと、初心者のふたりで勤務する。ベテランと、基本的には誰もいない場所である屋上で、どうふるまっていくかを話したりもする。


「本はね、資格を取るやつだといいよ。この屋上は『事故物件』じゃないから、そうそう飛び降りるひとが出てくることもないだろうし。ラジカセの音楽や、教養系のラジオ番組なんかもわりといい」


ベテランの同性の屋上職人、杏奈あんなさんが言う。


「屋上職人のスキルを高めていく専門書を読んでもいいし、ほかに仕事をしていきたい望みがあるなら、その方面の本を読んでもいい。とりあえず屋上職人になっていればお金の心配はしなくていいから、その時間を大切に使うんだよ」

「……はい」

「前の仕事はアルバイトだっけ。高校の卒業資格は持ってる?」

「……いえ」

「だったら、とりあえずこの屋上職人でお金を貯めて、それを目指すのもいいかもしれないね。今はネットワークでの教育が主流だから、基礎の教育を受けつつプログラミングを学んでエンジニアを目指せるオンラインの学校もあるからね」

「エンジニアって、そんなにいいんですか」

「常に勉強することは必要だけど、それはどの職種も同じだ。プログラミングを覚えて現場で三年も経験を積めば、日給8000円なんて激安、って思えるくらいになるし、サービス業みたいに感染症だとかお店の景気の都合でクビ、ってこともまず少ない。いつでも、ネットワークやオンラインサービスの需要はあるからね」

「……出来るかどうか、こんなわたしには自信がありません」

「自信なんかいらないよ。やりたい、続けたいという気持ちが、新しい仕事に向かって出来ていくといいね」

「はい。ありがとうございます」

「契約書にも書いてもらったと思うけど……屋上は飛び降りる場所じゃなくて、空を見られる場所だからね」


それを聞いて、夕夏はハローワークで屋上職人になるための契約書に「私は飛び降りないことを誓います」と直筆で記入したことを思い出した。


中学の卒業以来、ほとんど直筆で文字を書いたことのなかった夕夏の文字はめちゃくちゃだったが、なぜその一文が直筆でなければならなかったのか、今日のデビューで分かった。


ひとが飛び降りる可能性のある屋上。とりあえず日給8000円がもらえるとはいえ、今後をいたずらに不安視すれば自分も落ちかねない気分になるだろうとも思えたからだ。


ベテランの屋上職人、杏奈さんがいてくれて心底よかったと、夕夏は感じた。


「わたし、文字をもっと綺麗にしたいです。資格も取りたいし、杏奈さんが言うなら高卒の資格をとって、プログラミングを小学校の勉強からやり直してみてもいいかも」

「そうそう、その調子。やりたいことを、やっていけばいいんだよ」


杏奈さんが、我が子を見るような目で優しく笑った。


「あんたの年なら、まだいくらでもやり直せる。もちろん、あたしくらいのおばちゃんの年になったって『屋上職人』をやる覚悟があれば、仕事はなんでもあるものだよ」


夕夏は屋上での時間を、大切に使おうと決めた。

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