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79 屋上のふたり 【ヒューマンドラマ&ほんのり現代恋愛】 友佳子 俊寛

美々みみかにきつく拒絶されたその日の夕方。友佳子は衝動的に学校の屋上へとやって来た。

広いグラウンドの隅を通って、美々花と里実さとみが門の外へと仲良く出て行くのが見える。

バカとかアホとかが言えればまだしも、ずっと憧れだった女の子にそれを言うことがどうしても出来ない。

もしも自分がここから飛び降りて、話題になったら彼女は振り返ってくれるだろうか。

そうなら死んでもいい、とさえ思った。

涙が顔をぐしゃぐしゃにする。大嫌いとさえ言えないぶん、心は乱れに乱れた。


「……おいおい、死ぬんじゃねえぞ?」


物陰から声が聞こえた。男子だ。


「あっ……シュンカン」


名は俊寛としひろで、同学年の有名人だ。生徒たちは皆、シュンカンと呼んでいる。悪い噂の方が多い。ケンカやタバコといったことではなくて、しょっちゅう授業をバックレて学校の屋上にいるらしいとは聞いていた。

そのくせテストの点数はやたらと良いので、先生も指導は諦めている。そんな生徒だ。


「ここは俺のねぐらだからな。お前、あの学校の超美少女と、よく一緒だったやつだろ? 名前は、ええと……」


すまなさそうに、シュンカンが頭をかく。


「しかたがないよ。あたしはあの子の周りのモブだもん」


モブというのは、小説などの登場人物の中で目立たない脇役のことだ。今日、美々花がはっきりと友佳子から離れ、そうなれば自分には何も無いことを彼女は思い知らされた。


「モブねえ……誰だって、何らかの光るところはあると思ってるからなあ、そんなやついるの?」

「あたしの名前も出てこないくせに、よく言うよ、シュンカン」

「あー。わりぃ。けど俺、超美少女のほうも名前忘れたわ」

「マジ? ほんとに学校のこと、興味ないんだね」


知っていてわざとそう言ってくれたのか、本気なのかは分からないが、美々花の名前が出てこないシュンカンを、友佳子は好ましく思った。


「だけどさあ、今死のうとするくらいに苦しんで、この屋上へ来たんだろ? このシュンカンさんが聞いてやるからさ、話してみ」

「べつに、なんでもないよ。なんでも……」


否定しようとしたが、ぽろりと涙がこぼれた。


「泣くほどのことがあるんだろーが」


シュンカンの声はどこまでも優しい。


「うう……美々花にふられちゃった」

「えっ、そういう仲だったのお前ら」


シュンカンが、友佳子の告白に焦る。


「ううん……いつでもあたしの片思い。美々花は、ほんとに仲良く出来る子が欲しかったみたい」

「お前とは、ほんとに仲が良いわけじゃなかったんか」

「可愛くて、いつでもオール5で、バスケットボールの試合も強いとこを本当にあたし尊敬してついてったんだよ。でも、それじゃダメだったみたい」

「なるほどなあ」

「里実っていう平凡っていうか勉強も出来ない、地味な、絵ばかり描いてる子が好きなんだって。あたしには分からない」

「あー。それで嫌われたんだな。ま、当然かもな」

「えっ」

「授業を休んでたって、テストさえ出来れば文句もない。その程度だろ、中学校の勉強なんて。そんなものの五段階評価で、ひとの価値を決めつけるお前の方が悪いよ」

「そんな……そんなこと」

「もちろん成績がいいほうが、進学する時のステータスにはなるし、上位を維持するにはそれなりの努力は必要だからな、頑張ってるやつを否定はしねえよ。だけどな、授業だとか部活をバックレた目的が、この屋上でお前みたいな衝動的に飛び降りようとしてるやつの歯止めだっていう、この俺とかはどういう評価になんのよ」

「え……じゃあ、シュンカンは誰かが飛び降りをしないために、授業をバックレたの!?」

「まあなー。で、衝動的にヤバイ状態のひとりの女の子を、なんとかここで思いとどまらせたいって真剣に考えてる」

「それ、あたし?」


友佳子がまじまじとシュンカンを見つめると、彼は深くうなずいた。


「わかった。落ち着かせてくれて、とりあえず……あり、がと」


友佳子はそっと、言いなれない感謝の言葉を口にした。


「どういたしまして。どうせなら、衝動的になっちまったくらいのドロドロした思いを聞かせてくれよ」

「変わり者だね、シュンカンは」

「ははは……なにせ、寺の息子だからな」

「そうなんだ」

「将来は決まってるようなものだし、それが悪いとも思わねえ。寺の坊主になる身としてはさ、授業より、飛び降りを誰にもさせたくないっつー思いのほうが強いのよ」

「そっか……。あたしね、シュンカン。すごくヤなやつだってこと、嫌われて分かった」

「うん」

「今だって、美々花に気にいられてなかったら、里実の絵なんて破って落書きしてやりたいくらい。でもそんなことやったら、ますます嫌われるし、子どもっぽすぎるよね」

「ああ、よくその気持ちに耐えて、自分のことを責めることが出来たな。それは立派だぞ」

「……そうかな」

「誰かのことをみんなで悪く言ったり、いじめで攻撃したりしてるやつってのは幼稚なんだよ。そんな自分が自分で許せなくなって、初めてこれからは良くなれるものなのかもしれないぜ?」

「……そうかな。自殺したいくらいの思いを抱えて屋上に来たあたしなんて、最低だよ。それは分かってる」

「死にたくなって、衝動的になるやつなんて少なくないさ。それでも、お前はそうして俺に会えた。運がいいと思わね?」

「ぷっ……シュンカンって、かなりナルシスト」


友佳子は屋上に来て、初めて笑った。


「あー。もういいや。美々花のことは悲しいけど、諦める」

「そうか」

「で、シュンカン。あたしの名前は友佳子って言うんだけど。覚える気ある? それからあたし、また、ここに来てもいい?」

「おう。いつでも話したけりゃここに来い」

「っ……このニブチン」

「なんだぁ?」

「な、なんでもないよっ。今日は、バイバイ」


友佳子は屋上から校舎の階段に入り、駆け下りた。美々花にフラれたその日に、新たな出会いがあるとは彼女自身も分かるものではなかったのだ。

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