73 作家仲間が本を読めるカフェを作る 【ヒューマンドラマ】 犬養芳也 田所剛
犬養芳也は、同じ作家仲間である田所剛と、高架下のおでん屋に来ていた。
おでん屋の季節もそろそろ終わりだ。休業や時間短縮のあおりをもろに受けているおでん屋のおやじさんを応援するつもりで、ふたりはこの店を訪れた。そこそこに売れている作家どうしであり、洒落たところを選んでも良かったのだろうが、芳也がなじみとしていたこの店を選んでやって来たのだ。
ふたりがこんにゃくや大根をつつきながら話していたのは、作家の身の振り方だ。
彼らがデビューした頃ならば、本は娯楽と教養の一選択肢として輝いていたし、それに伴い、どこかの賞を獲得して専業作家になるというのは今ほど難しいことではなかった。
それが今や、ひとつの賞で出てきた新人など、乱立した賞の多さに埋もれてしまう。加えて、何か文章を読みたいという欲求ならば、ツイッターなり、ブログなりで十分であり、希少なまとまった文章量の小説を読みたいという気持ちも無料の投稿サイトの利用で満足してしまうことが激増した。
本を買いたい、というひとが珍しくなりつつある時代なのだ。
ふたりは運良く、出版をしてもそれなりのファン読者がつくために、刊行を断られることは無い作家人生を得ている。
しかし周りには、売れる予測がまったくつかないので、一冊の本のための原稿をせっかく心を込めて書いても編集者のほうが断る作家も出てきている。
「小説家になるのは、仕事をほかに得られなかったらっていう大御所の言葉があったけどよ。今は賞をとっても、今までの仕事をやめるなって編集者から言われる時代だもんな。俺だっていつ、売れなくなるか」
田所が苦い顔をして酒をあおりながらそう言った。
「小説家だけで食べていけるのは、本当にありがたいことだよな」
芳也も似た立場なので相づちを打つ。
「まったくだ。だけどな、俺はそろそろ別の方法でも収入を得ようかと考えているんだ」
「というと……株とか投資か?」
「いやいや! あんなギャンブル、一秒ごとに変わる金の価値を追いかけて神経をすり減らすのはごめんだよ。もし株だとか投資をやるんなら、掛け捨てのつもりで成長する見込みのある企業をたくさん、30年くらいのスパンで予想して金を出して、そのなかのほんのちょっとが爆上がりすることで投資したぶんが回収できるって話だからな。そんな短期や長期の予想、金には素人の俺が手を出す領域じゃねえなとは思ってる。そうじゃなくてだな、俺が書いてきた本と、今までに集めた本と、どうせそろそろ建て替えのときを迎えているオンボロな家のことを考えて、自宅で本を読めるカフェでも開こうと思ってるんだよ」
「本の読めるカフェか」
「幸い、俺が住んでる家は人通りのある道路に面しているし、俺のファン読者に聖地巡礼してもらうってことも考えていてだな。それなら、作家業をやりながらファン交流が出来る場にもなるだろう? 今はコロナのことがあるからみんな出不精になって、喫茶店も厳しい状態にあるって言うが、逆に言えば、ワクチン接種が広がって、イギリスやアメリカみたいに感染者数が激減していく効果が目に見えて分かるようになれば、今までの反動でどこかに行きたい、っていうやつはたくさん出てくる。その流れを先取って、この田所剛の本が読めるカフェを開くのさ」
「そうか……作家も、自宅にこもってひとりで書いていればいい時代じゃないのかもな」
「まあ、ひとづきあいが嫌いだから作家業を選んだっていうやつには厳しいかもしれないが、それでも俺らみたいにそこそこは売れる小説を書くのを続けてくれば、いつの間にか人間を嫌いにはなれなくなっているものさ。自殺するくらいにひとづきあいが下手くそな人間の咆哮じみた作品が売れるなんて時代は、とっくの昔に終わっちまったんだな」
「そういう、人生の深遠に問いかけをするような文豪の作品は、版権が切れているから青空文庫でいくらでも読めるしな」
「そうそう。文豪の大先生が命をかけてひねり出した文章に、たどり着いて救われてくれりゃいいわけだよ。新しく吠えるより、な。自分が吠えるより、マンガの文豪ストレイドッグスみたいに、パロディやオマージュでもって昔の名作につなぐ役目を担うほうがいいんだ。今の俺らはな」
「だとすれば、オリジナリティっていうのは何なんだろうな」
「それは俺らよりファンのほうが知ってるかもしれないぜ。かといって、自分の作品に対してツイッターだとかブログだとかの賛否両論のコメントを追うエゴサーチをするのはとにかく疲れる。だから、じかに交流できる本の読めるカフェっていう場所を俺自身が作るわけよ」
「なるほどなぁ。僕も今は原稿の執筆の方で忙しいから考えなかったけど、将来的には田所、君みたいに本が読めるカフェを考えるのもいいかもしれないな」
「おうよ! もし犬養も本の読めるカフェを始めるなら、そのときはコラボしようぜ」
「ははは、面白いな」
芳也と田所は、カチンとコップを合わせ、未来の本が読めるカフェでコラボをする約束の乾杯をしたのだった。




