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72 仕事を始めた新人(しんじん)の、新人(にいと)【社会派ヒューマンドラマ&現代恋愛】 新人 静香

新人にいとが家にこもることをやめてから、もうすぐ一年半になろうとしている。

そのあいだに、社会は激変した。コロナの対策はずっと続いており、息切れした店舗や企業、そしてアーティストたちの苦境もそれに伴ってゴールが見えない。

新人は、元同級生の静香に口コミで情報を教えてもらったことで、無職ニートは卒業することが出来ていた。


地元の自治体が行う、高卒や専門学校、大学を出て三年までの若年者向けに行われている、仕事に就けなかったひとびとに対する就職サポートプログラムを受けることが出来たのだ。

定員は自治体の人口比からするととても少なく二桁をすこし数えるほどで、静香に言われて参加を決めなければ、おそらく今もまだ家にこもっていたままだったかもしれない。


「うちの双子の弟も、三浪はさすがに諦めて、この就職斡旋プログラムを見つけてきたみたいなんだよね。新人くんも受けてみなよ」


そう言われて、若年者向きの就職斡旋プログラムの、まずは社会人としてのマナーを身に着ける講習から始まるサポートを受けた。さまざまな講習を修了した青年たちに対しては、大企業ではないものの、業績良好な中小企業からコロナ禍のなかでもオファーがかかり、数か月の実地研修を経て採用企業との相性も確かめ、新人はこの春にようやく会社員のひとりとなれたのだった。


社会を拒絶していたのは自分のほうだった。それを新人は痛感した。


この春に会社勤めとなってからは、リモートによる在宅勤務もあり、両親に仕事をしているところを自宅で見せることが出来たためか、無職ニートであったときとは比べ物にならないほど親子の人間関係の問題は修復に向かった。


そうか。バカにされたとしか思っていなかったけれど、親は俺のことを心配していたんだな。


そんな親心も分かるようになってきた。


新人は、恩人である静香によく連絡をするようにもなった。


「就職おめでとう、新人くん。ほんとに新人しんじん新人にいとくんだね」

「うん……今までほんとにありがとう、静香ちゃん」

「いいよいいよ! 双子の弟もなんとか就職できたみたいだし、弟と新人くんにとってはコロナでうちの自治体が若い人向けの就職斡旋プログラムをやってくれた、チャンスになったのかもね」

「そうだね。コロナが落ち着いたら、食事でもしない?」

「OK! ワクチンがみんなに行き渡って、早くコロナが収まるといいね。食事楽しみにしてるよ。あっ、割り勘でいいからね!」

「そんなわけにはいかないよ! 初任給が出たら、静香ちゃんに絶対にお礼するって決めてるんだ」

「えー。いいの?」

「うん。せめてものお礼として、俺におごらせて?」


社会人としてのマナーを覚えたとはいえ、奥手の新人には静香への好意をそこまでしか言えない。


「うーん。じゃあ、その次はわたしにおごらせてよ! 新人くん、会社勤めの一年目できっと苦労もすると思うからさ。いつでも電話とかラインで話してくれて構わないし、ご飯くらい一緒にときどき食べようよ。コロナが落ち着いてからの楽しみにしておこうね」


良かった、と新人は思った。ごはんをともに食べることを断らないのなら、相手が自分にそれなりの好意を持っている証だ。


新人は心のなかに、ようやく本当の温かな季節が巡ってきたのを感じていた。

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