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66 ライバルの閉店を知る 【ヒューマンドラマ】 斎藤治 瑞樹

居酒屋「初夏」は、ふたたびの緊急事態宣言を受けることになったが、準備は整っていた。限定された営業時間のうちに、テイクアウトの酒と食事を用意する。客が来ない時間帯には、料理する大将、斎藤治さいとうおさむの流麗な料理の手さばきや、酒を注ぐところを映した映像を動画サイトに投稿し、事態が収まったら新規の客が来てもらえるようにアピールする。クラウドファンディングで、未来の飲食チケットを配って現在の収入源を補う。なじみの客を中心にした、オンラインの料理教室も好評だ。


「……今回は、何とかなりそうだね、瑞樹ちゃん」

「はい、大将」


ふたたびのお休みとなったが、大将の様子を見に来た瑞樹と、ともに安堵の表情を浮かべた。


カラリ、とマスク姿の客が入って来た。その顔を見て、大将は微妙な面持ちになった。


「よお、治ちゃん」

「あ……賀茂かもさん」


客は、近所のライバルになっていたバー「幻灯」のマスターだった。


「賀茂さん! ……このたびは」


瑞樹も神妙な顔つきになる。この冬をもって、バー「幻灯」は閉店することが決まっていたからだ。


「おいおい、俺に遠慮はいらねえよ。閉店が決まってようやくほっとできるところなんだから」

「でも……」

「ダメージが少ないうちに、終わっておく。それも重要な経営の判断さ。熱燗ちょうだい」

「……あいよ」


大将は、真摯な気持ちで上等の日本酒を温めて出した。


「……この町をよ、卒業するんだ。そう思ってくれて構わない」


賀茂はしみじみとおちょこの酒を飲んだ。


「……卒業か」

「そうさ! 治ちゃんみたいに、何でもやってみて生き残る、という手も悪くないよ? だけど、そんなに器用に立ち回れない俺はさ、借金が限度を超えないうちにこの町を卒業して隠居すんだわ」

「……どこへ行くんだ?」

「俺にも故郷が、あってさ。町の感染者はものすごく増えてるから、心配して帰って来いって年食った親父とおふくろが言うのよ。今は町から田舎へ行ったらもしかしてウィルスを持ち込んだりすると大変だし、いろいろと後片付けもあるから、店を閉めたあともこの冬は町にいるけど……緊急事態宣言のあとに感染者数が減ったら、すぐに帰るつもり」

「……そうか」

「田舎もさ、昔みたいに仕事が無い! っていうのも減って来てて。じじばばの介護だとか、田舎のいいところを見つけて発信する村おこしだとか、農業だとか。まあ、何か始めようと思えば出来そうな時代なんだよ」

「そうだな。インターネットがあれば、どこからでも仕事は出来る時代になってきたよな。それでうちは助かった」

「それはそれで、いいのよ、治ちゃん。うちの店がつぶれて悲しむ客に、治ちゃんのとこの宣伝しておくから」

「……ありがとよ。寂しくなるな」

「そうだなあ。町は嫌いじゃないけど、俺の永住するとこじゃなかったってだけだよ」


賀茂は、複雑な笑みを見せた。


「つぶれるとこと、残るとこはどうしても出てくるからさ。ダメージが無いか、できるだけ少ないうちに自分で閉めるのを決断するのも、立派な仕事なのよ、治ちゃん」

「……そうだな。元気でいろよ」

「治ちゃんも」


賀茂は熱燗を飲み終えると、礼を言って店を出た。


「……この町、大丈夫でしょうか、大将。なじみのお店がパタパタつぶれたら」

「……大丈夫であるように、努力はしてるよ。店を残すのも、つぶすのも大変だけど」

「好きなお店にいつでも行けるということって、ほんとに幸せだったんですね」

「そうだなあ、瑞樹ちゃん」


新型コロナウイルスの影響が収まるまでに、どれほどの店や企業が変わっていくのか、ふたりには想像もつかない。ただ、つぶれたところがあったとしても、その先にひとびとは生きる。そして新たな仕事を見つけて町に残るも、田舎に帰るも、どれひとつとして間違いである、という人生は無いのだ。


この激動の時代になじみの店を守るというのは、とんでもなく難しいことで。今のところインターネットのサービスを駆使して何とかなっている居酒屋「初夏」も決して例外ではなく。


早いところ、もとの平穏な生活が戻ってほしいと、大将と瑞樹は心底願っていた。

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