60 クリスマスイブに救いの御子を思う 【現代恋愛】 斎野目灯也 汐木道子
「どうして、救いの御子のイエスは、馬小屋の片隅に生まれなければならなかったんだろう? ブッダになったシッダルタ王子なら、王子さまだったから国中に祝福されたはずだけど」
汐木先輩が、流れるような黒髪を手で梳きながら、その唇からそんな言葉を洩らした。
「いきなり宗教の話ですか、汐木先輩。ふつうの日本人だったら引きますよ」と僕。
汐木先輩は、僕の顔を見てふふ、と笑い声をあげた。
「日本人と言うのは、年末に煩悩を払うために鐘つきをして、新年が明けたら神社へ行って、そしてこのクリスマスイブにはそれなりに盛り上がろう、と考えるひとびとのことかい、斎野目くん」
「石や木も拝むやおよろずの神のお国柄ですし、どこの宗教のイベントもぜんぶちゃんぽんして、軽くファッションみたいにイベントを楽しむくらいで十分なんですよ。今日がクリスマスイブだったとしても、キリスト教という宗教の開祖であるイエスが、どうだったかなんてあんまり興味、ないんじゃないですかね」
「わたしは、クリスチャンではないけれど、クリスマスというイベントに、本好きのサンタクロースから子ども用の聖書の絵本をもらったことがあってね。ちょっとは救世主イエスという青年のことを、かじってはみたんだよ。今日という日は、本来なら家族とか、親しいひとたちと彼の教えと行いについてちょっとは思いを馳せてみる日なんじゃないか?」
「で、僕ですか」
「うん。嫌だったかい?」
「あ……いや。別にヒマですし、いいですけど」
「君がぼっちクリスマスを迎える予定で良かったよ」
「良かった、と言ってもらって嬉しいやら、情けないやらですけどね」
汐木先輩もぼっちクリスマスの予定で良かったです。そう告げてみたかったが、なかなかそんなことは言い出す勇気がない。
「馬小屋の片隅で生まれた、というお話は、のちに救世主と呼ばれるひとでも、誰もがそうであるように赤ちゃんとして等しく命をいただいて生まれてくる。それを示しているんじゃないか、と思うんだ。イタリアでは、プレセピオといって、日本のおひなさまみたいに、イエスの生誕を祝うその馬小屋での場面を模した人形を飾るんだよ。子どもが生まれるというのは、みんなに祝福されるべきとても尊いことなんだ、と、昔からひとびとがお祝いしてきたんだろうね。そして、自分たちに生まれた子どもたちも、青年イエスのように優しく愛に溢れたひとになってほしいと思って祈りを捧げてきたんだと思う」
「そうなんですか……街のイルミネーションを恋人どうしでキャッキャウフフしたり、ケーキとかチキンでイベントとして喜んでる僕ら日本人は、ちょっと軽薄なのかもしれませんね」
「まあ、統計的にも子どもを作るイベントとして、日本でのクリスマスは定着しているようだけれどもね」
「そ、それってつまり」
「男女がふたりいて、そういう仲なら、子どもを産むのにすることはひとつじゃないか」
汐木先輩の言葉を聞いて、僕の方がすこし恥ずかしくなった。僕は汐木先輩のことが、とても気になっている。というか、好きだ。だけど告白はしていない。仲の良い先輩と後輩という立場が崩れるのを恐れてもいるからだ。そして、この話の流れで「汐木先輩にそういう仲のひとはいるんですか?」なんて聞けるはずもない。
「斎野目くん?」
「あ、いや。何でもないです」
何でもなくなんか、ない。ほんとは汐木先輩に告白をする絶好の機会の日じゃないか。
「今年のクリスマスは、みんなで集まることは出来ないから、ひっそりと祈る、信仰からすれば本当のクリスマスを迎えるのかもしれないね」
「じゃあ、来年こそは……汐木先輩。どこかへ行きませんか」
汐木先輩は目を見開き、そして微笑んだ。
「わたしと君が、今年はぼっちクリスマスの予定で本当に良かったと思うよ」
「え」
それって……!
「すこし早いけれど、来年もよろしく、斎野目くん」
にっこりと笑う汐木先輩。ええ……。OKなのか、どうなのかすごく微妙な答えだ。だけどとりあえず、先輩との仲が変化することはなさそうなことに、僕はすこし安堵した。