57 地球の回転と、恋心 【現代恋愛】 斎野目灯也
「もし君が世界をバカバカしく空虚なものだと感じているなら、山か海か、森か川かに行ってみればいい。そうだね、動物園や植物園でもいい。どれだけ君が人間だけを見てそれこそバカバカしい考えに至ったか、ってことが分かるからさ」
この汐木道子先輩の言葉に乗せられて、中二病をこじらせたまま、ちょっとだけ、年だけ大人に近づいた僕、斎野目灯也は近所に流れる小川を歩いていた。連日新型コロナウイルスの感染者が増えていく、大都会のすみっこに流れる川は、コンクリートで両岸を覆われていて、ゴミが浮いていたけれど、歩くと空気の流れを感じた。それだけでも、僕の心のなかで何かが動いた。
スマホを取りだして、世界の絶景、と試しに検索してみる。絶海の孤島。波型の風のあとがついた、砂漠。広大な距離の両岸を持った大河。万年雪をかぶった最高峰の山々。四角い画面の向こうを、つい想像したくなる景色ばかりだ。
僕は、小川から流れる空気を吸い込んで、息を吐き出した。
そうだ。この大都会が汚れていたって、そしてそのなかで喧騒にまみれたひとびとが、バカバカしく空虚な営みを行っていたって、そんなものは意にも介しない場所は、この地球のどこかに存在する。山や砂漠や河川は、人がいなくなったって、生物が消えたって、そこに確かに残るのだろう。火星の探査で分かってきた、砂漠の星の大地に水が流れた痕跡らしきものが残っているように。
この世の終わり、世界の終わりと、今だに絶望で遊んでいたいひとたちはささやく。隕石が降ってきたり、気候変動で灼熱や極寒の地球になることを夢見て終わりというファンタジーを楽しむ人間は、いなくなりはしないかもしれない。
でも、中二病をちょっとだけ卒業し始めた僕にとって、汐木先輩のことがちょっと好きになりだした僕にとって、世界は終わってほしいものではなくなった。
先輩がアドバイスをしてくれたおかげで、汚れた世界……僕が暮らすこの大都会で呼吸するのが、すこし楽になったから。
「じゃあ先輩、僕と一緒にどこかへ行きませんか?」
なかなか、勇気が出せなくて言えない言葉を、僕は心のなかで呟いた。




