56 アマカフェ、ひとりの少女を救う 【社会派ヒューマンドラマ】 藤村万里亜 軒下彩 明美
とある町の寺にオープンした「アマカフェ」は、修行して、実家の寺で尼僧となった藤村万里亜と、彼女が昔面倒を見ていた元・神待ち少女の軒下彩のお手伝いによって女性専用の居場所作りをしようと始めたところだ。
広い和室に、ひとつのちゃぶ台、その上に今日はまだ未使用の急須と湯呑み、そばにはふかふかの座布団。部屋の壁に沿って立った本棚には、古いマンガや万里亜が選んで置いた本、今日の新聞も入っている。町のそこかしこで家に居場所のなくなった女性たちが「アマカフェ」にぽつりぽつりと来るようになってしばらくが経った。
今年の五月に始めたアマカフェだが、小さな町だというのに、利用者がそこそこ多い。家で夫や父親や恋人に、DVを受ける女性たちが、新型コロナウイルスの影響で急増しているのだ。
ガラリ、と和室の向こうの引き戸を開ける音がした。来客だ。予約は入っていなかったが、急の相談だろうか。
「……ここ。相談できるって聞いてきたんだけど」
現れたのは、10代半ばと見える少女だった。髪を金色に染めて、キラキラしたラメを顔にふっている。そのおなかは、肥満というには大きすぎる形をしていた。
「いらっしゃい。よく来てくれたわね」と万里亜が微笑んだ。
「わあ、綺麗な髪の色だね! ラメも可愛い」とお手伝いの彩も笑う。
すると、少女の剣呑な顔つきがすこしだけ緩んだ。
「分かる? うちの親に気が付いてほしくて染めたし、メイクしたんだけどさ。染めてもラメしても気づいてんだか気づいてないんだか、あたしがいないのと同じみたいに、何にも言わないんだよね」
「……じゃあ、おなかのことを分かってほしくて?」と万里亜。
「あ……うん。そう」
少女は顔を曇らせた。
「……パパ活してたら、出来ちゃったみたい」と、少女は悲痛な言葉を吐きだした。
パパ活。昔で言えば、援助交際、愛人というやつだ。パパ活という言葉の軽さに、金銭的に援助してもらって、見返りにデートをするだけ、という認識で軽く始める少女たちや女性たちも多い。主にネットを通じてパパ候補の男性と知り合う。デートやごはんを食べるだけ、と思っている女性も多いが、パパ候補になる金銭的に余裕のある男性のなかには基本的に性的な交渉を望んでいると思っておいた方がいいくらい、ヤバいひとびとが存在する。盗撮や盗聴をして、これをバラされたくなかったら自分の元で闇のネットを通じた風俗の仕事をしろ、と迫ってくるひとすら少なくない数、存在するのだ。
「そっか。嫌なひととか、恐い人には当たらなかった?」と彩。
「えっ」と、少女は彩の目を見つめた。
「わたしも、昔は神待ちしてたから。うちの父親がド変態でさ。そういうことをしようと家で狙ってたわけ。だから、家に居場所がなかった。どこか、寂しいから、誰か優しいひとがいないかなって思って、ネットで神待ちしてたことがあるんだ」
「……そうなんだ」
ほっと、仲間を見つけたと思ったようで、少女は安堵の表情になった。
「うん、この万里亜姉さんは、信頼できるひとだから。わたしも、力になるよ。そのおなか、パパ活で出来ちゃってから、どのくらい?」
「……生理が来なくなってから、七か月。産まないことって、出来る?」
「あ……七か月、か……」
彩は首を横に振った。
「妊娠から22週を過ぎたら産まなくちゃいけないんだって」
「えっ、なんで!? 産みたくないし、育てるなんて無理」
「……わたしも、そう決まっているのはどうかとも思うけどさ。実際、法律で、無理に22週を超えて中絶したら罪になるんだよ」
「そんな……無理。絶対、産むのなんて無理」
少女は涙をぽろぽろとこぼした。
「……パパなんて何人いたか分からない。寂しいから、ヤッてたら出来ちゃった。そんな誰の親かも分からない子、産めるはずないじゃん」
「うん……」
彩も辛そうに目をそらした。
「よくここへ来て、話してくれたわね。ひとつだけお節介なおばちゃんの私から言ってもいい? どんなきっかけでもね。子どもを授かったというのは、素晴らしいことなのよ」
「嘘。そんなの嘘だよ!」
少女は声を荒げた。
「誰とでもヤる女が妊娠して苦労したって、当たり前だと思ってるんだよ、みんな! そんな女から生まれた子どもが、幸せに育ってくわけないじゃん。うちの親だって、こんなにおなかが大きくなっても何も気づかないふりをしてるんだよ!? わたしだって、育てる自信なんてない。きっと不幸にするよ。もしかしたら、泣いたりするのがウザくて殺しちゃうかもしれない」
「それはどうかしら」
万里亜の表情はどこまでも優しかった。
「……あなたが育てられない、と思うのなら、特別養子縁組という制度があるの」
「とくべつ、ようしえんぐみ?」
「あなただけが育てなければならない、ということは無いわ。誰かを頼って赤ちゃんを任せても、大丈夫なのよ」
「ほんとに……!?」
少女はふたたび涙をこぼした。
「わたし、産んでもいいの……!?」
「おめでとう。どんなきっかけだったって、命を産むということは素晴らしいことなのよ。本当に、よくここへ来る勇気を出してくれたわね。えらい、えらい。ハグしてもいいかしら」
「……うん」
万里亜が少女の肩をそっと抱くと、少女は大きな声をあげて泣きだした。
「わたし、支援してくれるひとたちに連絡しますね」
彩が、ほっとした様子でそっと万里亜に告げた。
特別養子縁組。こうした望まない妊娠をした女性から、妊娠中に養子縁組をする制度だ。全国にそれを手掛ける支援組織はある。日本では、望まない出産から子どもの虐待に至り、産んですぐに赤ちゃんを死なせてしまうケースが二週間に一人のペースで発生している。
今年一年は、新型コロナウイルスの影響で、家の中にいて性暴力に遭う女の子たちも増えている。それに伴い、神待ち、パパ活をしなければ家でそうした目に遭いかねない子たちは、ネットを通じて「居場所」を仮に与えてくれた男性からの性被害も増えている。
そのなかで、なんとか、今回はひとりの少女へフォローが届いた。万里亜と彩は、アマカフェをやっていて良かったと、心底思った。
「ね。……あなたのお名前を聞かせて?」と万里亜。
「……明美」
「明美ちゃん。いい名前だね」
「そう? ちょっと古くない!?」
「そんなことないよ」
ポンポン、と少女の背を、万里亜は優しくたたいた。
予期しない妊娠をしたとき、自分が育てられないと思った時には、この特別養子縁組といった支援があります。
NPOフローレンス 「にんしん・養子縁組相談」や、NPO法人BONDプロジェクトのLINEによる相談窓口など。検索で「妊娠 SOS」のキーワードで各種支援につながりますので、いらない、産めない、と悩み、家族にも明かせないときであっても、必ず救いの手はあります。




