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52 バンドエイドのような手つなぎ 【社会派ヒューマンドラマ&現代恋愛】 堪士 優芽香

このあいだ、昼の時間にやって来た堪士をハブっていじめるグループの生徒に、優芽香が「切るよ?(自分を)」と脅してからは、ふたりがいじめられることはなくなった。


いじめる側は、いじめられていることを誰にも相談しない精神的なサンドバックが必要なのだ。


堪士は今までそうだった。教科書を隠され、破られ、落書きをされ、ことあるごとに嘲笑されてもずっと我慢した。


優芽香は違う。手首を切る子がいる、という噂が始まったのは去年くらいからだろうか。


スクールカウンセラーにも、学校の担任やその上のひとたちにも、さまざまな意味で優芽香は顔なじみだ。


すぐにチクる……いや、相談するバックボーンのある優芽香は、いじめればとても面倒くさい存在だった。


しかし、そのことで堪士は救ってもらった。


昼ごはんを仲間外れにされて食べることも無いし、下校時に無視されたり、逆に「死ねよクズ」と軽く皆に言われ、自分の無力さを噛むことも、もはや無い。


堪士は、優芽香の力になりたかった。


ふたりで歩く帰り道、今日も真っ白な包帯を巻いた優芽香の手首を見て、堪士はすこし悲しくなった。


「……なぁ、優芽香」

「ん? なに、タエ君」

「いじめられてるわけでもないのに、なんで切るんだ?」

「あっはは、そんなこと聞いてくれたの、タエ君が初めてかも」

「まじか」

「うん。切るのは頭がおかしい、すぐやめろ。うちの父さんと母さんも言うし、小学校の友だちは、わたしが今切ってることを知っている子はみんな離れていったもん」

「そっか……なんか、それだけでも、ちょっと嫌になってきそうだな。辛いのはすこし、分かるかもな」

「わたしね。一番嫌いなのは、わたしなの」

「優芽香?」

「手首なんて切って、死にたいってことを武器にして、目立ちたがって、理解してもらいたくて。……愛してほしくて、一番愛されることのないリストカットをやる自分が一番、嫌い」

「……でも、やっちまうんだな」

「うん……麻薬みたいなもんだよ」

「そうか」

「タエ君は、優しいから好き。……頭ごなしに『やめろ』じゃなくて、わたしの言葉を聞いてくれるから」

「俺は……優芽香の力になれたら、すごく嬉しいんだけどな」

「……こんなわたしの?」

「嫌、か?」

「……ううん。ありがと、タエ君」


優芽香は堪士に微笑んだ。


「タエ君がもし、ずっとわたしといてくれたら、切らないようになれるかも」

「マジか!」

「わたし、前も言ったけど、すごく重いよ? ふつうのひとだったらスルーすることも立ち止まって泣いちゃったり、嫌なことがあったら切ったりするんだよ?」

「優芽香は俺を優しいって言うけど、優芽香も、優しいんだよ。刃物の先を敵じゃなくて、自分に向けて我慢してんだからよ」

「タエ君も強いんだよ。いじめられても耐えて黙ってたのは、さ」

「積極的に、切りたきゃ切れよ、とは言えないが、優芽香のそんなとこも全部含めて、俺は力になりたいと思ってるから」

「うん。ありがと、タエ君」


優芽香は、痛々しい包帯が付いた手をおずおずと差し出した。


「タエ君。手、つないで帰ろ?」

「……いいんか?」

「うん。手、つないでくれたら、手首の傷もちょっと早く治りそうかも」

「分かった。いつでも、いくらでもつなぐぜ」

「ふふっ、ありがと! 嬉しいな」


ふたりの背に、優しい冬の夕日が光を投げかけていた。

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