50 世界はいつも終わってる。あるいは、ここは奇跡のパラレルワールド 【社会派ヒューマンドラマ&現代恋愛】 堪士 優芽香
堪士の目に、世界はどうにもならない意地悪な者が造ったように見えていた。
中学二年生、いじめのターゲットになって久しい。一挙一動を見張り、すこしでもおかしければあざ笑う声が聞こえる毎日。
「何で俺、生まれたかなあ。あー。世界、滅びねえかなあ。それか俺、死なねえかな」
堪士は呟いた。隕石でも何でもいい。明日が来なくなれば、それでいいのだ。
「タエ君」
いじめる人間が、諦めて帰るまで教室にいる、ひとり残ったそんな堪士に、声をかけてくるクラスメイトがひとり。
「優芽香? 俺に付き合ってると、一緒にいじめられっぞ? あっち行けよ」
「へへ、やだよ。タエ君と話してると楽しいもん」
優芽香の腕には、白い包帯が巻かれていた。
「んだよ。……また切ったんか」
「うん」
「やめとけっつっても、そうしないと正気でいられないんだろ? 痛かったな」
「へへ。やっぱりタエ君は優しいね。ダメだとか、アタマオカシイとか言わないから好き」
「俺も、いじめられてるのを親に言うのも、先生にチクるのも面倒になるとこ、あるからな。切りたけりゃ切れよとまでは言えねえし、同級生の手首が見てて痛そうなのは辛いさ。だけど俺らみたいなのは、そうしなきゃならない理由がそれなりにあんだよなあ」
「うんうん。で、タエ君、さっき世界、滅びないかなって?」
「ああ」
「それねぇ、わたし考えたんだけど」
「ん?」
「世界って、ほんとは何度も終わってるんじゃないかなって」
「どういうことだよ」
「10年近く前の、あの原発事故のときからさっ」
「おま……」
なわけねーじゃん、と堪士は言いたかったが、それをさせない真剣さが、優芽香にはあった。
「放射能が、コントロール出来ないくらいに降り注いで死んじゃった地球も、どこかのパラレルワールドにあって」
「んー?」
「福島県の沖で、大きな地震が起きるたびに、わたしたちはきっとまた放射能で死んじゃってるのかもしれない」
「あー」
堪士は適当に済ませようとした。そうして真剣に悩むからこそ、人から浮いていて生きにくいんだぞ? そう言おうかとも迷った。
そのとき、スマホを通して無機質な警告音が大きく鳴り響いた。緊急地震速報だ。
「うわっ」
「ほら、また死んだっ」
優芽香はどこか楽しそうですらあった。
「タエ君」
「んだよ」
「こうやってさ、いつもほんのすこしの差で、どこかに滅びた地球があって、今あるこのときは奇跡なんだって思ったらいいんじゃない?」
「んだよ、たりぃな」
「わたしは、タエ君に生きていてほしいし、それでも世界から消えたくなる思いがあるから切るワガママさんだけどさ」
「ほんとだよ。俺に生きていてほしいなら、優芽香も生きろよ!」
「あはは。うん。そうだよねぇ」
優芽香はへらへらと笑っていたが、急に真面目な顔をした。
「タエ君、この奇跡の地球で、奇跡的に会えたわたしと生きてくれる? わたし、きっと地球よりも重いよ?」
「んなこた、分かってるよ。いじめられるやつに話しかけてくる人間なんて、変わり者に決まってる」
堪士は、しかしポリポリと頬をかいた。
「帰るか? ……その、一緒によ」
「いいの? 地球よりも重いわたしがOKってこと?」
「ああ。俺も優芽香みたいに、しょっちゅう地球が滅びてるかもって考えてたら、楽になれそうだ。世界の終わりを待つよりも」
「うん。毎回、ほんのすこしの差で、いつも地球は終わってる!」
「滅びた世界のほんのすこし違う地球が、それでも今は回ってる」
「そうそう、タエ君!」
ふたりはいつまでも無邪気にけらけらと笑っていた。




