45 母の月に 【純文学】
グリーンセンターという、地元産の食べ物や、作物の苗や花を売っているところで早苗はひとつの鉢に咲いた花を買った。
種類はガーベラ。黄色とオレンジと赤の合間にグラデーションがかかった、開かれた先が長方円をなす小さな花びらが、茶色く平べったい円形の中心から伸びている。
今年は、新型コロナウイルスの影響で花が売れないらしい。卒業式、入学式、入社式、それらの式のあとの歓迎会……。
ちょうど、花を持ってひとを祝福する時期が、病気の蔓延と重なって、人を送り迎えするイベントがほとんど無くなってしまったのだ。
そうして迎えた母の日がある五月。花き業界のひとびとが花を売るための苦肉の策として、本来は一日だけのイベントである母の日を、ただでさえ多忙な運送業のひとびとの負荷を減らす目的も兼ねて期間を「五月中」にしてPRを始めた。
それに乗っかって、早苗も母の日を過ぎた今日、グリーンセンターに何かお値打ちで美しい花がないかと探しに来て、大きめの花が二輪咲いた鉢植えのガーベラを見つけたのだ。
早苗は、本当は小さな花がたくさん咲いている種類が好きだ。だが、母の好みは何かと一所懸命考えて、このガーベラに決めた。
家までは40分ほどある道のりを、ガーベラをそっと抱えて歩いて行く。
信号が赤になった。
足をとめていると、隣に、自転車が来た。乗っていたのは元気そうなおばあちゃんで、花を抱えた早苗をニコニコと笑って見ていた。
「あんた、どこから来たの?」
気さくにおばあちゃんが聞いてきた。
「あ、ええと……」
早苗は近所に住んでいることを伝える。
「あっはっは、ごめんね、外国のひとかと思ったわ」
おばあちゃんが悪びれずに笑う。
早苗は、染めていない髪をひとつにたばねた質素ななりで、アジア系の外国人によく間違われる。よくあることですよ、と早苗は微笑んだ。
「最近の日本の若い子は、母の日のお花なんか買わなくなっちゃってるから……母の日は世界どこでも同じだから、外国のひとが運んでいるかと思ったのよ」
「はい、母の月にお花を贈ろうと思いまして」
「いいねえ、いいねえ」
おばあちゃんは目を細めると、自転車の前かごに入っていたバッグから、コーヒー飲料を取りだした。
「これ、あげる。そんなに大事そうにお花を持っていくのに会えた、何かのご縁」
「えっ! ……あ、ありがとうございます!」
ちょうど、のどが渇いていた早苗はびっくりしながら礼を言った。
「いいの、いいの」
おばあちゃんは自転車に乗って、颯爽と去っていった。
早苗はおばあちゃんに心底感謝しながら、道の脇でほどよい甘さのコーヒー飲料を口にした。
「純文学」に初挑戦してみました。いかがでしたでしょうか? 実体験をもとに、お花の美しさが伝わる文章になっていたらいいな、と思います。ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。