44 居酒屋「初夏」は、いかにコロナ危機を克服するか 【ヒューマンドラマ】 斎藤治 瑞樹
居酒屋「初夏」の大将、斎藤治は、明日に首でもくくろうかと考えていた。
夜の商売に対する自粛要請が出てから、客がほとんど来なくなったために資金繰りがとても厳しくなったのだ。
日に日に、激減する売り上げ。家賃や光熱費、人件費は、今までの貯金を取り崩して何とかやっている。
数日前、居酒屋のなじみの客で、もはや友人といっても良かった、音楽関係のイベント企画会社の社長が自殺した。イベントのキャンセルが続き、仕事と金の無さが理由だった。
斎藤の気分は最悪だった。いつ自分の番がやって来るか分からない。
俺も後を追うか……。
そんなことばかり、最近は考えている。
客のいないカウンターの席に腰をかけ、大きく息を吐く。
パタン、と店のドアが開いた。
「あれ? 瑞樹ちゃん」
入って来た女の子は、店で働いていた、二十歳の瑞樹だった。今は暇を出していて、店に来る用事は無いはずだった。
「こんにちは、大将! ……お友達が死んじゃったって聞いて、どうしてるかなって気になったんですよ」
「ああ……はは、このままだと、次は俺の番かもなあ」
斎藤は力なく笑った。
「縁起でもないこと、言わないでください。わたし、いろいろとお店のこと、考えてきたんですよ!」
瑞樹が、可愛く頬を膨らませる。
「大将、今はデリバリーの時代ですよ! 巣ごもりしている人が多いから、お店のちゃんとした料理が家で食べたいっていうニーズがとても多いんです」
「デリバリー……?」
「はい。それと、テイクアウトのランチをやってもいいと思います」
「なるほど」
「そして……! これが一番のアイディアです。『大将を励ますチケット』を作っちゃいましょう!」
「なんだい、そりゃ?」
「うちは、お客さんからの評判は上々なんです。応援したいと思っているお客さんは必ずいます。『二十歳のぴちぴち瑞樹を応援するチケット』でもいいですよ。そうして、応援してくれるお客さんから、ここで働いているわたしたちのために、お金を出して頂くんです。お店が再開したら、また来てくれるお客さんにはうんとサービスすればいいですけど、今はどうしても我慢のときですから、今はそうして耐えているわたしたちを、ネットを使って応援してもらうっていう時代ですよ、大将!」
「そうか……首をくくることを考えるよりは、よっぽどマシだな。うん、やってみよう、瑞樹ちゃん。……ありがとう」
「いえいえ。わたしも、ずっと大将のお店で働いていきたいですもん!」
にっこりと微笑む瑞樹が、斎藤にとっては女神のように見えた。




