43 アマビエさまにお願い 【ヒューマンドラマ】 陽 葉月
臨時休校が続き、入学式も無かったが、中学生になった陽と葉月はいつもの公園に来ていた。
「なあ、面白いことあったか?」
退屈さを持て余した風の陽が、葉月に聞く。
「アマビエさまは?」
「あー、あれか。本当に病気が無くなるのかなあ」
陽は疑わしそうに眉をひそめた。
アマビエとは、江戸時代の妖怪だ。肥後の国、今の熊本県の海に出現した、全身をウロコで覆い、長い髪を垂らし、三本足で、くちばしのような口を持った姿で古い書物に描かれている。
その昔、海中から現れたアマビエが「私は海中に住むアマビエです」と言い、「これから六年の間は諸国で豊作が続くが疫病も流行する。私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ」と、謎めいた言葉を残して海に帰って行ったという。
今、世界で爆発的なパンデミックが起きているこの時に、すこしでもご利益にあやかろうとする人々が、このアマビエをイラストにしたり、布人形やフィギュアなどにしたりすることが流行っているのだ。
「なんかさあ、そういうのって、この神さまを信じれば、天国に行けるから数珠とか印鑑を買え! っていうのとどう違うんだ?」と陽は葉月に尋ねる。
「まあねえ、確かにうさんくさいのと紙一重なんだけどさ」と葉月も認める。
「だけどさ、イラスト描いたり、手を動かして縫い物をしたり、人形を作ったりするときって、楽しそうじゃん? 楽しかったり嬉しかったりして、笑うことが多いとメンエキリョクが高くなるって、どっかで言ってたよ」
「ふーん」
「ぼくらもさ、お願いするだけしてみよう。それで病気が消えるならラッキーだし、絵を描くだけなら、ここを使えば紙とペンもいらないじゃん」
葉月は木の枝を拾って公園の砂地へと移動した。ガリガリと、地面にアマビエの絵を描く。
「アマビエさま、アマビエさま、よろしくお願い致します!」と、葉月が真剣に祈りの言葉を口にする。
「アマビエって、神社の手を叩くほう? お地蔵さんの、手を合わせる方だったか?」
陽は困って葉月にそう聞いた。
「病気を退散してくれるっていうんだから、神さまのほうじゃない?」と葉月。
二人は、空に向かってパンパン、と手を叩いた。




