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42 離れていても、ふたりはともに食事する 【現代恋愛】 犬養芳也 美貴

「はあ……参ったな」


 犬養芳也は大きなため息をついた。例の、病気の蔓延で、恋人である美貴とのデートを取りやめにしたのだ。芳也にも、美貴にも同居する高齢の家族がいる。万が一、自分たちが自覚無く感染していて家族にうつしたら、取り返しのつかないことになると危惧した結果、今しばらくは会わないことに決めたのだ。

 

 会えないと、余計に会いたくなる。芳也はスマホを、小説を書く仕事のためのデスクトップ型パソコンの脇に置いて、美貴の連絡が無いかずっと気にしていた。


 ピカリ、とスマホの明かりが()く。美貴だ。


『今日は本当に残念! ヨシ君は今、何してる?』と、ラインの文字が浮かんだ。


『わたしは、今日の夜ご飯を買ってきました!』


 その一言の次に、美貴からの写真。そこには小さなイカがたくさん入った容器が写っていて、ラップの中の、黄色の調味料に「酢みそ」と書かれた袋が添えられていた。


『わあ、おいしそうだね! それはイカ?』

『うん、ホタルイカだよ。今年は豊漁なんだって』

『へえ……いいなあ』

『ヨシ君のうちの今日の夜ごはんかお酒のおつまみ、一品増やしてもいいなら買いに行ったらいいよ! ボイルホタルイカなら、お刺身みたいにそのまま食べられるから。これも、この酢みそを付けるだけだよ』 

『そっか』

『こういう食料品の買い出しと、散歩とかジョギングと、通院と、行かなきゃダメな仕事は不要不急のことじゃないからね。帰った時の手洗いうがいと、スーパーに行っても、人との距離をすこしとって、お店のアルコール除菌の液を使わせてもらえばきっと大丈夫だよ』

『うん。僕もホタルイカが食べたくなってきたなあ』

『でしょ? 離れていても、今日は同じものを食べようよ。せめてそれくらいしてもいいじゃない?』

『分かった! 行ってくるよ。うん、一緒にホタルイカを食べよう、美貴ちゃん』


 芳也はスマホの文字での会話を終わり、久しぶりに外へ出た。今まで買い物は妹に任せていたし、ノート型パソコンを持ち、喫茶店での執筆というのも最近は自粛していた。作家業はそもそもが引きこもりがちな仕事だが、ここしばらくは輪をかけて家に籠城していたことを、芳也は外の暖かな風を受けて実感した。


「そうか……もう、春なんだな」


 スーパーへの道を歩けば、空からふわりと、桜吹雪がこぼれてきた。見ると、近所の家の庭で立派に育った桜が、満開を過ぎて散り始めていた。


「良かった……桜の花を見逃すところだったよ」


 そんな感慨を覚えた芳也は、スーパーでホタルイカを買って帰ってくると、さっそくラインで美貴にそれを言った。


『春っていいよね、ヨシくん。ホタルイカは今が旬で、富山に行くと新鮮なのがしゃぶしゃぶで食べれるんだって! 五月になって、病気のことが落ち着いてたら、一緒に食べに行かない?』

『いいよ! 約束しよう、今日会えなかったことの代わりに』

『うん、約束ね』


 芳也は、この病気の蔓延が、富山湾でホタルイカの旬が終わる五月ごろまでには収束していることを、願わずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ホタルイカ!美味しいですよねー。 なかなかのんべえな彼女さんで、そこがいいですね(笑) 我が家はドライブで桜並木を見てきました。 来年はゆっくり見れればいいですね。
[良い点] ホタルイカって、今ごろが旬なんですね。 初めて知りました。このお話のお二人は、周りのこともちゃんと考えられて、偉いなと思いました。考えられずに、会いたさに葛藤するんだろうなと。病気の、ウイ…
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