39 新人(にいと)がもらった、優しいお年玉 【ヒューマンドラマ】 新人 春 静香
新人は去年二十歳になった。一月には成人式があったが、高校を卒業してから無職でニートの立場となった新人は、仕事もせず、専門学校や大学にも進学していない自分はダメでグズでカスだと考えていたから、当然のように式には参加しなかった。
そうして、成人式のあとは家にいても、家族と話をすることが極端に減った。ご飯を食べていても、夜寝ようとするときも、最低な自分を意識していたから、家にいても心を落ち着けることが出来ず、食べることも寝ることも、ただ怠惰だと、自分をボロクソに言うもうひとりの自分を抑えることが出来なかった。
今日は来客がある。新人のおじの、春がやって来るのだ。
面倒くさい……。
とは思ったが、春のことを新人はそれはど嫌ってもいない。
最近のラノベやアニメ、ゲームにも結構詳しい春は、新人のことを分かってくれようとする数少ない味方だったからだ。
自分の部屋に散らかった、本やブルーレイディスクや、ゲームの機械をひとまず片づけて人を迎える準備をする。
高校を卒業してから二年、いつ、この部屋に家の人間でないひとが入ったことがあっただろう……?
新人は自問し、自虐的な笑みを浮かべた。
せめて茶でも、用意するか……。
新人は、キッチンに行って、マグカップをふたつ選び、上等な緑茶のティーパックを湯にひたして準備をした。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。
新人が玄関に行ってドアを開けると。
「よう、新人。元気か?」
気さくな笑みの、春が立っていた。
「おじさん……」
「これ、土産な」
春が、今彼が仕事をしているところの、遠方の菓子を新人に渡した。
「あ、ありがとうございます……」
「おっ、礼を言えるじゃねえか。成長したなあ、新人」
「そんな。それくらい、いくら俺でも言えますよ」
「いやいや。兄貴の話じゃ、最近ものすごく暗い顔しかしないって言ってたからさ」
「……まあ、部屋に、どぞ」
春の言葉に、新人は重い表情になり、それきり言葉を放つことなく、茶と菓子を持って部屋に向かった。
「ゲームでもやるか?」
「……はい」
部屋で、二人はしばらくゲームをやって過ごした。ぽつっと、春が心配そうに言葉を告げた。
「成人式、行かなかったんだって?」
「……はい。自宅警備員しかしてない最低最悪の俺が、行く権利なんか無いんで」
「そうか」
「無職ニートなんで。行ったら負けですよ」
「ふうん……ニートってそんなものか」
「そんなものです」
春は、新人の両親のように、いつまでそれを続ける気だ、とは言わなかった。
「お前も苦労してるんだなあ」
そう言って、ぽん、と肩を叩かれた。
「うっ……うわああっ」
新人は、突然泣きだした。自分の感情に自分でも戸惑う。春の優しい言葉に、涙腺が耐えきれなかったようだ。
「俺は、何やってもダメなんですよ。グズでカスで、きっとこのまま引きこもりになって、親が年をくって死んだら俺もきっと餓死だかするんです。いや、もしかしたらその前に親を殺すかも分からない」
それが新人の本音だった。好きで自宅警備員をやっているわけではないのだ。最低な自分くらい、自分自身で痛いくらいに分かっている。
「外の世界が、恐いんだな、新人」
「……ひっく……はい」
「じゃあさ。まずは公園にでも行って、久しぶりにキャッチボールでもしねえか?」
春は優しく新人に言った。
「ぷっ……久しぶりって……本当にいつのことですか、おじさん」
新人は春の言葉に笑ってしまう。
「自分自身が身に着けた、プライドの鎧ってやつはさ。どうしようもなくバカバカしいもんなんだぜ、新人。俺もときどき、その鎧が嫌になるし、ぜんぶ捨てることなんてできないんだけどな」
春は真剣なまなざしを新人に向けた。
「無職だって、堂々としてりゃいいんだ。行ったら負けなんて、みみっちいプライドなんかいらないのさ。公園に行って、もしも同い年の友だちにバッタリ会ったら、無職だから仕事ねえか? それか、いい学校ねえか? って言ってみりゃいいんだよ」
「はい……」
「うっし! 行くぞ、キャッチボール!」
新人と春は、ボールとグローブを持って近所の公園に行った。新人にとっては、久々の外出だった。
ロウバイの、黄色い花が咲いている。そこにもこもこの毛をしたスズメたちがとまってチュンチュンとさえずっている。季節はゆっくりと移ろうとしていた。
ポーン、ポーン。公園の自然のなかで、ただ、ボールを受け取って投げていると、それだけでも、家にこもって緊張し最低の気分だった新人の心は、静かにほぐれていく。
「あっ……新人くん?」
新人に声がかけられた。見ると、高校の同級生だった静香が立っていた。
「わ……静香ちゃん」
「久しぶり」
「……うん」
「……心配してたんだよ! 成人式来なかったから、みんな病気でもしてるんじゃないかって」
「えっ、こんな俺のことを気にかけてくれてたのか……?」
「こんなって……新人くん、自分のこと悪く言い過ぎだよー」
静香は微笑んだ。
「そっか……行けば良かったかなあ」
「新人くんは、今何してるの?」
静香の何気ない問いに、新人の顔がこわばった。一番聞かれたくない問いを、一番聞かれたくない人にされた気がした。
「……無職ニート」
「ええっ!?」
静香が驚いた。ダメだ。この女もきっと、両親のように俺のことを馬鹿にするんだ。新人はうつむいた。
「大丈夫!? 新人君」
しかし、出てきたのは、彼を心配する言葉だった。ふつっ、と新人のなかで、緊張していた糸のような何かがゆるやかに切れた。
「いや! 俺もさ、何か仕事とか学校とか、行けたらいいなって思ってるんだけど。二年もブランクがあるからどうかなってさ……」
新人の口から素直な言葉がもれる。
「大丈夫だよー、うちの双子の弟なんかさ、今年二浪の浪人生だよ! 新人くんも今から絶対、挽回できるって」
「あっ……そうなんだ。静香ちゃんの弟も、苦労してたのか……」
自宅にこもる人間が、ひとりではなかったことに新人は何となく安堵感を覚える。家にいたときは、もうこんな最低最悪なのは自分だけだと思っていた。自分が、世界で最低なやつだと。
「良かったら、わたし、力になるよ。いつでも電話してくれていいから、何でも言ってよね、新人くん!」
静香は笑顔で手を振り、公園を去っていった。
「……外に出てきて良かったなあ、新人?」
春が優しく笑う。
「そうですね。ありがとうございます、おじさん」
「……こいつは、俺から」
春はにやりと笑顔を浮かべ、新人にあるものを渡した。見ると、ポチ袋だった。
「こ、これ……」
「いいから取っとけ。お年玉。これからのお前のために、軍資金だ」
新人は、この優しいおじ、春に心底感謝した。
そして、これから、妙なプライド持ちの自分をやめて、変わろう、と決意した。




