34 真夏の恋歌(れんか)【現代恋愛】 僕 美優
暑い夏が、またやって来た。美優と僕とが知り合ってから、一年が過ぎようとしている。
かつての退屈な毎日が、美優と出会ったことで僕は一変した。
朝起きて、ご飯を食べて、学校に行って。そこそこの成績を取って、友だちと他愛もない話をして。
そうして年月が流れ、平凡な大人になるものだと思っていた。
真夏の幻のように
君とボクは出会った
ぎらつく太陽も
気にならなかった
美優が、エアコンの効いた涼しい僕の部屋で、あのとき聞いた歌をささやいている。
その手元には、手入れのされたギター。
美優は僕を見てニコッと笑い、歌うのをやめた。
「あれ……やめちゃうの? もっと聞いていたかったのに」
「この歌、特別なんだ」
「どうして……?」
「わたしと君との、恋が始まった歌だから」
美優はしれっと「恋」なんて言葉を口にした。
僕はそれを聞いて、自分の体温が瞬時に沸騰するんじゃないかって思った。
ああ、本当に。平凡な日々は無くなった。
退屈なモラトリアムよ、さようならだ。それも、美優という彼女が出来るまでの、貴重な助走期間だったことを知る。
願わくば、僕と美優とのこの特別な日々が、いつまでもいつまでも続くことを。
「実はね。あのとき君が声をかけてくれなかったら、もう歌うのはやめようって思ってたんだ」
美優がふと真顔になった。
「どうして……? こんなに素敵な歌を持ってるのに」
「ふふ。周りに、そんなことを言ってくれるひとがいなかったんだぁ。親はさ、それでどう稼ぐんだ? っていうことしか言わないし。音楽の友だちは、曲と歌詞の欠点しか言ってくれなかったし。もう、ダメかなって思ってたんだ」
「おしまいにならなくて良かったよ。僕は、歌も含めて、そんな美優が好きだよ」
「……! ノロケの逆襲だぁ」
美優も顔が赤くなった。いつも引っ張られっぱなしの僕だもの、たまにはこうしたっていいよね?
「親の言うことも、友だちの批評もありがたいって、君がいるなら思えるよー」
「お役に立てて何より」
僕たちは笑い合い、どちらからともなく、唇を寄せ合った。




