16 平和への歌【現代恋愛】 僕 美優
「美優」
僕は彼女の名を呼んだ。音楽の、作詞作曲をやる美優は、ときどき、隣にいても心はどこか遠くにあるような、焦点の合わない目をしていることがある。
「……ん」
美優があいまいな返事をした。
良かった。ちゃんと、僕の彼女の美優だ。
「何、考えてたの」
「んー……世界平和とか?」
まんざら嘘でもなさそうな素振りで美優は微笑んだ。
「世界平和?」
「歌ではよくあるでしょ。愛に光に平和に優しさ。どんな歌でもそれを歌ってないものは無いって言ってもいいくらい」
「まあ、確かに」
「一見冷たい歌詞に思えても、メロディが優しいときもある。歌って不思議だね」
「うん」
「でも、世界は楽しいことだけじゃない。わたしたちがのんびりこうして二人でいるときだって、どこかで悲しいことが起きてる。今だって、偉い人が核爆弾のスイッチボタンを押したら、こんな平和も一瞬で無くなっちゃう」
美優は悲しそうな瞳で僕を見ていた。
「僕はそれでも、世界中の皆が、仲良くできたらいいなって思うよ」
僕は美優を見つめ返した。
「ん……。そうだね。君ならそうかも」
「僕らは聖人じゃないもの。確かに嫌いな奴や許せない奴もいるさ。でも、いつかは笑い合えたらいいなっていう思いが、心の奥底にあるよ」
「そうかぁ」
美優は僕の言葉を聞いて、満足そうにため息をもらした。
「今の、歌詞にもらってもいい?」
「どうぞどうぞ」
「ラララ……」
美優は歌い始めた。どんな曲になるのだろう。音楽は世界を、人の心を動かす力がある。落ち込んでいるときに寄り添う歌もあれば、元気をもらえるような歌もある。僕には歌を作る才能は無いから、美優のことを本当に尊敬している。そして、美優が僕の彼女になってくれている今がとても大切だ。
願わくば、僕らの平和への思いが、歌に乗って、核のボタンを押す手前にいる偉い人たちの心に届いたらいいな。そう思う。




