10 セミーとコジロー【童話】
うんと暑くなってきた夏の夕方、アブラゼミの幼虫セミーは土から顔を出しました。
7,8年チュウチュウと樹液を吸ってお世話になってきた大木ともお別れです。
セミーたちは土の中にいるのが得意で、地上を歩くのは苦手です。
それでも、羽化して空を飛ぶために、地上に出てくるのです。
のそのそとセミーが歩いていると、上からバサバサと大きな鳥が下りてきました。カラスです。
「おなかがへったなあ。お前うまそうだな」
カラスのコジローはしげしげとセミーを見つめました。
「かんべんしてくださいカラスさん。ぼくは空を飛びたいのです」
セミーは震えあがってしまいました。
「そういや、7年8年お前たちは土の中にいるんだよな。空を飛ぶ気持ちよさも知らずに食べちまうのはちょっとかわいそうだ。よし、待ってやるよ」
「待つ?」
「セミになって寿命が切れそうになったら俺のところに来るんだ」
「わかりました。見逃してくれてありがとう、カラスさん」
そうしてセミーは近くの木によじのぼり、幼虫のカラを割って一晩のうちに立派なアブラゼミになりました。
空を飛んだ時の爽快なこと!
今まで暮らしていたところが小さく見えます。
セミーは生まれて初めてのセミの歌を鳴らしました。
何日かしてセミーの鳴き声を気に入ってくれたメスのアブラゼミ、アブラちゃんが現れ、二匹は夫婦になりました。
セミーは大満足でした。
翅もだいぶ傷つき、飛ぶのはやっとでしたが約束通りセミーはコジローのもとに帰ってきました。
「本当に帰ってきやがった。律儀なやつだな」
「あのときカラスさんが見逃してくれたから、ぼくのセミとしての一生は、無事ここまで来れたんです。どうせ明日かあさってには死んでしまう身です。さあ、ぼくを食べてください。カラスさん、ほんとうにありがとう。食べられてカラスさんの命になれるなら本望です」
よろよろとセミーがコジローに近づきます。
覚悟を決めたコジローは、できるだけ一度で痛くなく食べれるように、ぱくりとセミーをついばみました。
腹を満たしたコジローは、しかし、悲しげに一度だけ鳴きました。