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ordinary mystery

作者: ナツメ

 誰にでも一人、もう一度会いたい人がいる。

何気なく日常を過ごす中でふと思い出すあの人。 なぜか忘れられない大切な人。

私の忘れられない大切な人は、いつもキラキラした光で迷子の私を導いてくれた。


 夏の晴れ渡るスカイブルーとは対照的に、畑中 望海の心はブルーな気持ちが広がっていた。

 短大生で就職活動中の望海だったが、何度も見てきた残念な結果に落ち込んでいたのだ。


 憧れていた都会での就職だったが、順調にいけるほど甘くはない。そんなことは本人もわかっていた。

 気分転換に買い物でもと思い外出したが、自分の思った以上に落ちたショックが大きかった。

「今回こそは上手くいくと思ったんだけどなー・・・」


 口から勝手に独り言が出てしまう。 自分のか細い声が聞こえて、彼女自身が声に出していた事に驚く。

驚いて周囲を見回すが、大都会の真ん中では小さな声に気付く人などいない。誰も聞くはずのない切ない言葉たちが、都会の喧騒の中へと消えていく。

 ビルの森を彷徨い歩いている彼女には、その先に待ち受けている光に気付く余裕などなかった。


 人の流れに逆らって歩く彼女はふと立ち止まり、とある楽器店のディスプレイに目を向ける。

 ショーウィンドウ越しに見えたのは、いくつも並んだエレキギター。その1つに望海は釘付けになった。

「未来、何してるんだろう?」

 望海が見ていたギターは高校生の頃、友人の橋本 未来が持っていた物と同じだった。


 2人はクラスの席が前後だったことがきっかけで、一緒にいることが自然と多くなった。

 未来はいつも、休み時間のたびに音楽やダンスなどで友達としゃべっていた。

たまたま二人とも好きなアーティストが同じだったこともあり、望海と未来は意気投合した。

読書とカラオケが趣味の望海にとって、そんな未来はキラキラした憧れの存在だった。

 自分は地味でフツーな大人しい性格。未来は文武両道で何でもやってのける、自分とはまるっきり違うアクティブな性格。正反対の2人だったが、お互いの知らない世界に行くことがとても楽しかった。

 さらに自分1人では行く勇気が出なかった軽音楽部に、未来と一緒に入った。

  ―これからもずっと友達でいようね!―

 まるで本の世界のような変化が、望海の周りでちょっとずつ本当に起こっていった。

そんな彼女のおかげで、高校生活は華やかな日々を送る事ができた。


「・・・望海?望海だよね!」


 どれだけ注目していたのだろうか。その声に、望海はハッと我に返った。

声がした方向に振り向くと、1人の女性が自分に話しかけてくる。

 見た目は今どきの都会人のようだが、女性の話してくる声に望海は聞き覚えがあった。

「・・・未来?」

「そうだよ!久しぶりだね。」

「ウソ、ホントに!?」

「やっぱりそうだ。ビックリした感じ、昔のまんまだもん。」

「そ、そうかな?」


 彼女は確かに、自分の問いにYESと言った。こんな偶然が本当にあるのだろうか?

 にわかに信じられない気持ちもあったが、今の望海の力では相手に悟られないようにするのが精一杯だった。


「そうだ、今って時間ある?せっかく望海がこっち来たんだし、ゆっくり話でもしたいなって思って。」

 もちろん望海はOKした。成人式以来、久しぶりの再会だ。

といっても当日まともには会えなかったので、今回が本当にゆっくり話せるチャンスだった。

 どんな話しようかな?そのことで望海の頭はいっぱいだった。


 未来の案内でやって来たのは、都会とは一瞬忘れてしまうようなのどかな公園だった。

「どうよ、なかなかいい場所でしょ?いつもここで、時間空いたらギター練習するんだ。」

 そう言ってベンチに座り、ギターを取り出す。

「未来、アコギも持ってたっけ?」

「進学祝いにって、こっち来る前に家族で買いに行ったんだ。」

「行ってるんだね。音楽の専門学校。」

「うん。難しいけど、すっごい楽しいよ。」

 未来は学校から一人暮らしの事まで、満面の笑顔で話し続けた。


 未来は高校卒業後、都会にある音楽の専門学校へ進んだ。現在はそこで作曲の勉強をしている。

「ホラ、夢は取りに行くんだよ!まずは、やってみなきゃ。」

自分の夢に向かって突き進む未来が、心なしか望海にはキラキラ輝いて見えた。

「今でも続けてるんだね、音楽。すごいな・・・」


 未来のポジティブさは、大人になったからって何も変わってはいなかった。

いつも自分を明るい方へ導いてくれる。そんな気でさえ、変わらず昔のままだった。

 ”夢を取りに行くんだ!” は、未来が口癖のように言っていた言葉だ。


「どうしたの?望海。なんか元気ないね。」

 望海は未来と再会するまでの経緯を全て話した。

就職試験に落ちた事、たまたま未来と同じギターをお店で見つけた事。そしてまた会えた事。

その一部始終を、最後まで未来は聞いてくれた。


「ダメだったからって、落ち込んでちゃいけないんだけどさ。」

「そっかー、それで元気なかったんだ。大変だね。」

「未来に会えたから、もう大丈夫だよ!」

そう言って笑みがこぼれる。

 しかし次の未来の言葉が、あまりにも衝撃的でドキリとした。


「・・・じゃあ望海は、音楽の道諦めたんだ?」


 その一言が妙に胸に刺さった。もしかして、私は何か大切な事を忘れてるの?

望海は自分の中で、あの日へ時間を少しずつ巻き戻していく。卒業式、部活、昼休み・・・

  ”アタシはあの約束、まだ忘れてないからね。”

 その一言にハッとした。それは2人で出た、高校の文化祭の頃に遡る。


「わ、私がステージで歌うの!?」

 望海は心底驚いた。なんと文化祭のステージで、自分が歌うというのだ。

大人しい性格の望海には、大勢の人の前で歌うのはかなり勇気のいる挑戦だった。

「心配ないって!アタシもコーラスで入るから。」

「そ、そういうことじゃなくて!」

 未来はこうと決めたら、絶対に意見を曲げないタイプ。望海が歌うのは、もはや決定事項だった。

「人前でなんて、緊張して歌えないよー。」

 頑なに拒み続けた望海の背中を押したのは、未来のこんな言葉だった。

「アタシは、望海の歌が大好きなんだ。だから、一緒にやりたい!夢、一緒に取りに行こうよ!ね?」

 未来の熱い説得によって、望海はステージで歌う事になった。


 そして本番。未来のギターで望海が歌う。評判はなかなかいいものだった。

ライブ終わりに清々しい笑顔の未来が、緊張から解放された表情の望海に話しかける。

「終わったー。やっぱステージするのはいいね!」

「けど、緊張するよ。初めてなのに、あんなに大勢の前で歌うなんて。」

「確かにアタシも緊張してたけど、望海がいたから安心してライブやれたんだよ!」

 正しく未来の言うとおりだ。そう思うよりも先に、口が動いていた。

「未来・・・。ありがとう。」


「どうしたの!?改まっちゃって。」

「へ!?あぁ、私も同じだなって。未来がいたから、歌ってて楽しかったなって。」

「そりゃあよかった。急に誘ったもんだから、望海がOKするか初め不安でさ?」

 確かに初めは、出るかどうか迷った。でも、未来がいてくれるから出た。そして知った。

 いつも1人でコッソリ歌ってたけど、誰かと一緒だとこんなに気持ちいいんだ。

  -私、もっと未来と、音楽やりたい!―

「そうだ、未来!」


  ”未来の曲に私が歌詞書いて、次は2人で歌おうよ!”


 その瞬間、2人の記憶がリンクした。未来は、あの日の約束を忘れないで覚えていた。

「・・・ごめん。約束、破っちゃった。」

「何で謝ってんの?音楽だったら、今からまたやれるじゃん。」

 そう言って立ち上がると、未来はどこかに行こうとした。

「ちょっと、どこ行くの?」

「聴かせたい曲があるんだ。家から取ってくるね!」

 せっかくなので未来の家に行きたいと言ったが、部屋が散乱してるからとNGが出た。別に散らかってても気にしないのにな。

「すぐ戻るから!」

 そそくさと行ってしまった未来の背中が、望海にはなぜか強く印象に残っていた。


「・・・行っちゃったよ。」

 ただ待っているのもヒマなので、望海はゆっくり公園を見て回る事にした。

目の前の広いグラウンドでは、親子で仲良くキャッチボールをする光景が見える。

マンションが立ち並ぶあたりはさすがに都会らしさを感じたが、そこ以外はありふれた近所の憩いの場という雰囲気が出ていた。


 けれども、いくら待っても未来が戻って来る気配がない。

 普通に考えれば、それほど未来の家からは遠くないハズだけど?

途中で救急車のけたたましいサイレンが聞こえてきたが、なぜかその音さえ公園中に響いてしまうくらい辺りはすっかり静まりかえっていた。


 それからしばらく経った頃、ようやく未来がギターと楽譜を持って戻って来た。

「ごめーん。思ったより時間かかっちゃった。」

「心配しちゃったよ。どこまで探しに行ってたの?」

 未来の家にしては、かなり時間がかかっているように思えた。

 よく見ると腕や顔にススがかかって、所々黒くなっている。

いつもパーフェクトに近い印象が、この時ばかりはなんだかこれまでのイメージと遠く感じた。


「いやさー、なかなか楽譜がみつからなくて。」

 アハハと笑う彼女に、望海はなんとなく違和感を覚える。

「ちょっと弾いてみるから、終わったら感想ほしいな。」


 未来のギターの腕は、確実に上昇していた。元々ギターは上手かったが、さらに腕に磨きがかかっていた。

 さっきまで感じていた言い知れぬ不安も、どこかにかき消されていった。

 ほっとしたからなのか、未来の演奏を聞くうちいつの間にか望海は寝てしまっていた。

だがそれ以上におかしかったのは、目覚めると病院のベッドの上にいたということだった。


「畑中さーん、わかりますか?」

 ハイ、声はわかります。私に話しかけてることもわかります。

・・・ただ、なんで私は病院のベッドで横になっているのでしょうか?

「熱中症で公園のベンチに倒れていたんですよ。偶然見かけた方が、こちらまで通報してくださって。」

 看護師さんが言う。


そんなハズはない。ついさっきまで、未来は隣にいたのだ。

「そういえば、未来は?」

たぶんトイレにでも行っているのだろう。そう思っていた。

あたりを見回していると、看護師さんは衝撃的な事を言った


「付き添いに来られた方は、いらっしゃいませんでしたよ?」


 さらに彼女の耳を疑う情報が流れた。

「午後1時ごろアパートの一室から出火し、一部屋を全焼する火事がありました。」

「焼け跡から遺体が発見され、亡くなったのは橋本 未来さん(21)で・・・」


 ウソだ、未来が!?

信じられなかった。というよりも、テレビに映っている状況が飲み込めなかった。

どうなってるの?じゃあ公園に戻って来た時には、未来はもう死んでいたってこと!?

考えれば考えるほど訳がわからなくなる。どこまでが本当の未来だったんだろう?


「倒れていた近くに落ちてましたよ?」

 グルグル目まぐるしい思考回路の中、看護師さんが何かを渡しにやって来た。

それを見た瞬間に、望海は驚いて目を見開く。


 渡されたのはギターの楽譜。

すぐにわかったよ。未来の字だって。 タイトルは―――


”Hope to the Future”


 望海と未来、2人の名前が入っている。

ずっと前から聴かせたかったんだろうな。

 気付いた時には涙が止まらなかった。


涙で楽譜が滲んで見えても、望海はずっと目を通し続けた。

ギターの楽譜は読めないけど、大切で大好きな未来の最期のメッセージだから。

約束だもんね?2人でもう一度歌うんだって。


 それが、2人で取りに行く夢だから!


  ”アタシ達の夢、一緒に取りに行こう!”

未来の楽譜から、そんな声が聞こえた気がした。


 退院してすぐ、望海は未来の曲の歌詞を書き始めた。

ザックリとしか読めなかった楽譜は、音楽教室に通ってピアノの楽譜に変えた。


あの日の約束、ようやく果たせる時が来たよ!



キミはボクのことならなんでもお見通しだね

だってキミの笑うとマジカルタイム ボクの笑顔がその証拠

キミが笑えばボクも笑う そんな魔法の時間


ずっとキミの隣にいたいな どうして一日って24時間しかないんだろう?

もしも一日があと1時間増えたなら その時間をキミと一緒に過ごすのに


ボクが見ている映像には 必ずキミがいるんだ

いつも笑顔のキミがね この先もずっといてくれるよね?

いつまでも残しておきたい ボクだけの未来図


だけどいつかは さよならしなきゃいけないんだ

それでもボクは誓って言うよ

キミはいつまでもボクの中で生きていると

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