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その会衆の中にあり、破滅に陥りかけたと言うだろう。

8:48されど汝はこれによりて、至高者の御前に譽を得ん。

8:49汝は大なる光榮を得んがために己を義しき人々の中に數へず、却て汝にふさはしく自らを卑くしたればなり。


※その命令の通りに己を最も低く下げた…そうせねば世が滅びるからだ。


コリントの第一の手紙にあるように、己を最も下げ、その世の中を見ている。

※聖書に語られている暗示の言葉は、実に恐ろしく、その意味を確実に伝えていることである。

 その者は忠告を聞いても、その言葉を真剣に受け入れることもない状況が的確に箴言には所々で語られている事実がある。


記されている意味では、語るねんごろな言葉が無駄になるとあること。

知っているのだが、やはり神に盲目の心を植え付けられている事実は恐ろしい。


※私はその記されている「神の道」を歩み、

 その言葉の通り、自ら私自身を一番惨めな状況まで落としている。


上善如水(老子)


上善とは最上の善であり、その最上の善は水の姿である。


水は善く万物(全ての生命)の為になって、何物(誰とも)とも争わない。

水が無くては生きて行けず、

水は四角い器には四角く、丸い器には丸い姿になり、その場その場(どんな場所にでも)に和している。

そして常に高い所には止まっている事をせずに(偉ぶらず)、

低い所低い所へと自らを一番低い所に置こうとし、人々の嫌がる所、低い地位に自ら居る。

そうした水の姿は実に人の道に近い。


人が嫌がるような位置に身を置くことは老子もその神髄を語っている。

ゆえに神が現れ、その屈辱に耐えられるかという問いかけの真意を30年後に悟ったわたしは、

定められた「主の道」を誇る。


どんな時においても人と争う事はない、即ち、決して誤る事がないのである。


コリントの第一の手紙に記されている現実。


1:27それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、


1:28有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。


1:29それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。


※要するに一番低い位置にその身を置くのである。


だがこれも、私自身が選択してそうしないと人々の命運は大きく異なる。


7:67(そは彼、その恩惠を增し加へ給はざりしならば、此の世も、この世に住む者も、生命を保つ事能はざりしならん。)


エズラ第二にある言葉の現実、この通りなのである。


私は自ら、人が嫌がるような低い位置にその身を置き、その屈辱に耐えている。

======================


さてここからは、当人たちが悟るかの鍵の言葉である。


5:7子供らよ、今わたしの言うことを聞け、

わたしの口の言葉から、離れ去ってはならない。


※子供らよと言っているので、聖書にしるされている実際の人物の周囲の人物の意味をさしている。

 中にはその確実な言葉で、人物像がわかる者らも存在する。


※問題が次の言葉からの意味である。


5:11そしてあなたの終りが来て、

あなたの身と、からだが滅びるとき、泣き悲しんで、


※要するに死ぬ間際にその意味に気がついたときには、泣き悲しむとあることである。

 そして必ずこう言うことが暗示されている。


 完全な預言の言葉である。


5:12言うであろう、「わたしは教訓をいとい、

心に戒めを軽んじ、

5:13教師の声に聞き従わず、

わたしを教える者に耳を傾けず、

5:14集まりの中、会衆のうちにあって、

わたしは、破滅に陥りかけた」と。


※その者が集まりの中(その仲間内の中で存在すること)、会衆のうちにあって(その仲間内の中にいて)、私はその意味を悟らずに破滅に陥りかけたというのである。


それも死に際になって、嘆いて泣いて語っても、

私も経験したのだが、その命の危険にさらされて涙を流し、


命の安全を神に祈るときに、神から離れた行動をとっていては神はその願いを聞いてはくれない。

常に神と共にいる姿勢、心に神を置かねば到底、その危険にさらされるときに助かるものではないのである。


5:15あなたは自分の水ためから水を飲み、

自分の井戸から、わき出す水を飲むがよい。

5:16あなたの泉を、外にまきちらし、

水の流れを、ちまたに流してよかろうか。

5:17それを自分だけのものとし、

他人を共にあずからせてはならない。


※命の保全に気がついたときに、私も経験した事実だが、

 体を浄化するために水を飲めと言っている事実がある。


 とにかく、体の中に入れるのは水が基本で、体のバランスの回復の基礎は水から始まることである。

 これの奥義は神の言葉で記されており、その意味は他人は知ることはできない。


 ただ、その意味を真剣に考えて保全を考えるのであれば、私はその奥義を教えるだろう。

 ただし、その言葉を聞きたくても、命を落としてしまうような愚かさでは、

 知ることもできないし、悟ることもできない。


 水の使い方は料理の基礎でも大事な要素。

 ましてや神の奥義の水の回復の神秘、その姿勢が大事なのである。

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