飲食の誘惑に浸ればさばきを招く。
聖書というのは「わたしのために記されています」とあることを知るべきだ。
聖書の一節
5:9わたしは前の手紙で、不品行な者たちと交際してはいけないと書いたが、
5:10それは、この世の不品行な者、貪欲な者、略奪をする者、偶像礼拝をする者などと全然交際してはいけないと、言ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世から出て行かねばならないことになる。
5:11しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった。
5:12外の人たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者は、内の人たちではないか。外の人たちは、神がさばくのである。
5:13その悪人を、あなたがたの中から除いてしまいなさい。
※己の行動なる悪い部分をのぞいてしまえと言っている。
要するに神の律法の意味に気がついたなら、自分の心にある魔に負けそうな心を強くして誘惑に負けない意思を固め、飲食を吟味するのが大事といわれるのである。
コーランの一節
13.その日、偽信者の男女は、信者に言うであろう。「わたしたちを待ってくれ、あなたがたから光を借りたい。」(だがかれらには)言われよう。「後ろに引き返せ、そして光を求めなさい。」そこでかれらの間に壁が設けられる。そこに一つの門があるが、その内側には慈悲が、その外側には懲罰がある。
14.かれら(偽信者)は、「わたしたちは、あなたがたと一緒ではないか。」と叫ぶであろう。かれら(信者)は言うであろう。「そうだ、だがあなたがたは自分の誘惑に任せ、(わたしたちの没落を)待ち望み、(主の約束に)疑いを抱き、虚しい望みに欺かれているうちに、アッラーの命令がやって来るに至った。欺瞞者が、アッラーに就いてあなたがたを欺いたのである。
※これに記されている「自分の誘惑に任せ」という意味合いが、魔に負けてしまう「堕落の生活」である。
飲酒、禁じられている食事に身を任せ、その受ける報酬から逸れてしまう者らである。
15.今日となっては、あなたがたの身代金は受け入れられないであろう。また(明らさまな)不信者たちはなおのこと。あなたがたの住まいは地獄の業火である。それはあなたがたの友だ。何と悪い帰り所であることよ。」
※ここに記されている意味で「(明らさまな)不信者たちはなおのこと。」とあり、それが顕著に見える者は地獄の業火で焼かれる運命となる。
聖書の一節(主なる神もかつては飲食の誘惑に浸っていた)
11:29主のからだをわきまえないで飲み食いする者は、その飲み食いによって自分にさばきを招くからである。
11:30あなたがたの中に、弱い者や病人が大ぜいおり、また眠った者も少なくないのは、そのためである。
11:31しかし、自分をよくわきまえておくならば、わたしたちはさばかれることはないであろう。
11:32しかし、さばかれるとすれば、それは、この世と共に罪に定められないために、主の懲らしめを受けることなのである。
11:33それだから、兄弟たちよ。食事のために集まる時には、互に待ち合わせなさい
※これに記されている意味は経験する現実の意味がある。
聖書というのは「わたしのために記されています」と詩篇にあることを知るべきだ。




