安息日は神の律法では不動の土曜日である。
安息日の規定、ときには過酷な意味があるが、守ることは御無事であると知るが故、これを守る意味は重要であると断言する。
安息日は神の律法では不動の土曜日である
4:1それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。
4:2というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
4:3ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、
「わたしが怒って、
彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、誓ったように」
と言われているとおりである。しかも、みわざは世の初めに、でき上がっていた。
4:4すなわち、聖書のある箇所で、七日目のことについて、「神は、七日目にすべてのわざをやめて休まれた」と言われており、
4:5またここで、「彼らをわたしの安息に、はいらせることはしない」と言われている。
4:6そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、はいることをしなかったのであるから、
4:7神は、あらためて、ある日を「きょう」として定め、長く時がたってから、先に引用したとおり、
「きょう、み声を聞いたなら、
あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」
とダビデをとおして言われたのである。
※ここにあらためてと記されているが、必ず神の聖霊に出合う者は安息日の意味を悟る。
その出合う者の意味が重要な記述があり、その意味を人々は侮る。
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11:26こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう。すなわち、次のように書いてある、
「救う者がシオンからきて、
ヤコブから不信心を追い払うであろう。
11:27そして、これが、彼らの罪を除き去る時に、
彼らに対して立てるわたしの契約である」。
※これに記されたヤコブの不信心を取り去るときに立てる新しい契約とあること。
新しい契約とは、雄山羊の聖霊から雄牛の聖霊に入れ替わり、新しい聖霊の意味を悟る者が来るという意味である。
11:33ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。
11:34「だれが、主の心を知っていたか。
だれが、主の計画にあずかったか。
11:35また、だれが、まず主に与えて、
その報いを受けるであろうか」。
※その報いの意味はエレミア書にある。
4:1主は言われる、「イスラエルよ、
もし、あなたが帰るならば、
わたしのもとに帰らなければならない。
もし、あなたが憎むべき者を
わたしの前から取り除いて、ためらうことなく、
4:2また真実と正義と正直とをもって、
『主は生きておられる』と誓うならば、
万国の民は彼によって祝福を受け、
彼によって誇る」。
※この記されている意味の「主は生きておられる」という大事な暗示は、来るべき者がその無言の期間30年の時を経て語りだす意味に、安息日を守ることの大事を思い出すからである。
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4:8もしヨシュアが彼らを休ませていたとすれば、神はあとになって、ほかの日のことについて語られたはずはない。
4:9こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。
5:5同様に、キリストもまた、大祭司の栄誉を自分で得たのではなく、
「あなたこそは、わたしの子。
きょう、わたしはあなたを生んだ」
と言われたかたから、お受けになったのである。
5:6また、ほかの箇所でこう言われている、
「あなたこそは、永遠に、
メルキゼデクに等しい祭司である」。
5:7キリストは、その肉の生活の時には、激しい叫びと涙とをもって、ご自分を死から救う力のあるかたに、祈と願いとをささげ、そして、その深い信仰のゆえに聞きいれられたのである。
5:8彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、
5:9そして、全き者とされたので、彼に従順であるすべての人に対して、永遠の救の源となり、
5:10神によって、メルキゼデクに等しい大祭司と、となえられたのである。
5:11このことについては、言いたいことがたくさんあるが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。
※ここで記されている現実が「あなたがたの耳が鈍くなっているので、」とある、要するにそれを口伝で運命的に伝えられた者らでさえも、聞く耳が鈍くなっているということ。
その真実を信じることができずにいる状況である。
5:12あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはずなのに、もう一度神の言の初歩を、人から手ほどきしてもらわねばならない始末である。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要としている。
※その言葉を最初から手ほどきしてもらわないと、彼らはそれを知りえることができないというのである。
要するに再来して、かつては教える立場であったのに、その意味さえ忘れているというのである。
5:13すべて乳を飲んでいる者は、幼な子なのだから、義の言葉を味わうことができない。
5:14しかし、堅い食物は、善悪を見わける感覚を実際に働かせて訓練された成人のとるべきものである。
※この堅い食物というのが神の命じる畏れのパンを意味する。
天から下る命令のパンで、その健康を回復させる働きもある。
ということで「安息日は神の律法のとおり土曜日である」。
※とき至れば、神の律法を守らぬために脱落して命を落とす者が出るかも知れないと警告する。




