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かつての日記から考えて。

かつての日記から考えて


2013/6/14の日記より。

====================

他人の感受性を軽蔑してはいけない。感受性はその人の才能なのだ。

シャルル・ピエール・ボードレール(批評家・詩人)

======================

ヨハネの黙示録の第2章を読んでいた。


「わたしはあなたの住んでいるところを知っている」


この言葉には、とても深い意味があります。


というのは、人間は誰でも自分しか知らない秘密を持っていると感じます。


僕自身もそうです。


良きにつけても、悪しきにつけてもそうであると感じるのです。


他の人には、決して解かってもらえないものなのです。


人間は、自分の立場で、ものごとを見ることしかできないので、結構誤解が横行します。


どんなに本人が善いことをしていると感じても、他の人には必ずしもそうは見えないのです。


そうなると、人の評価で一喜一憂して、波に漂う小舟のように安定した生き方はできません。


しかし、イエスキリストは違いました。


イエスは、そのすべてを正しく判断し、それをお伝えになったのです。


大切な事は、意識を集中し、正しく判断し折れない心を作ることです。


ふと、読んでいて感じました。


(この文章は、ヨハネが受けたキリストの啓示〔黙示録〕、ベルガモ教会の解説を使いました)


ひとつの気づきです。

====================

わたしが、その意味を知ろうとして、その記述に入ったのが、新約聖書の黙示録の記述からである。


ヨハネの黙示録と呼ばれているものだが、当初はこれの研究をするために本まで買い、その文章を読んでいた。


しかし、本能的な意味合いだろうか、その記述にピンと来るものはなかった。

要するに違和感を感じたのである。


その後に、トマスの福音書、今日では異端と呼ばれているものであるが、これの記述には正直驚いた。


その人物を意味する情報が記されていて、雄牛の聖霊に出会った意味に謎が隠されていると悟る。

________________________________________

まず、黙示録の記述が、偽りの予言と知り得るのは、本能であろうか。

解読を試みる前に、その黙示録の偽りを示す記述があると考えたこと。


これの白黒を決めないと、本当の意味はわからない。

当初、感じて始めたことは、その予言書の白黒をつける意味だった。


エレミア書にはこう記されている。

完全なる主の言葉であるが、


14:13わたしは言った、「ああ、主なる神よ、預言者たちはこの民に向かい、『あなたがたは、つるぎを見ることはない。ききんもこない。わたしはこの所に確かな平安をあなたがたに与える』と言っています」。

14:14主はわたしに言われた、「預言者らはわたしの名によって偽りの預言をしている。わたしは彼らをつかわさなかった。また彼らに命じたこともなく、話したこともない。彼らは偽りの黙示と、役に立たない占い、および自分の心でつくりあげた欺きをあなたがたに預言しているのだ。

14:15それゆえ、わたしがつかわさないのに、わたしの名によって預言して、『つるぎとききんは、この地にこない』と言っているあの預言者について、主はこう仰せられる、この預言者らは、つるぎとききんに滅ぼされる。

14:16また彼らの預言を聞く民は、ききんとつるぎとによって、エルサレムのちまたに投げ捨てられる。だれもこれを葬る者はない。彼らとその妻、およびそのむすこ娘も同様である。わたしが彼らの悪をその上に注ぐからである。


※このエレミア書第14章で、「預言者らはわたしの名によって偽りの預言をしている。わたしは彼らをつかわさなかった。また彼らに命じたこともなく、話したこともない。彼らは偽りの黙示と、役に立たない占い、および自分の心でつくりあげた欺きをあなたがたに預言しているのだ」とはっきり伝えている。


まず読んで、その答えを見つけるべき聖書がどちらなのか、見分けることが最初の仕事だった。


この記載で、偽りの黙示とあるので、本能的であろうか。

黙示録、要するにヨハネの黙示録は本当の言葉ではなくて、完全なる虚偽であると理解できた。


これが分かれば、旧約聖書に記されたエレミア書の言葉が重要性を示すことと理解できるので、このエレミア書は大切な意味を教えていると解った。


この時点で、トマスの福音書はほとんど目を通して、記されている隠された鍵を知り得るので、わたしの記された意味のイメージは湧いてきている。


されど、ほかの旧約聖書の記述をきちんと確かめないと真価はないと考えた。


そんなことから、長き冬の期間が此の時から始まったと言える。

要するに、15歳の時に主の聖霊の出会った事実を知らず、その意味を求めることもなく、気がついたら30年の月日が流れていた。


その意味は高校生だった頃、その意味を語ることなく、三年が経過して社会人になり、この当時は18歳、大人への仲間入りをするわずか前、それから30年近く経過して、すべてを知り得て、一つ一つ解説してきたことになる。


シラ書にはこう記されている。


シラ0:5-6 学問を大切にする者は、また、自らも語ったり書いたりして、一般の人々の役に立ちうる人でなければならない。


シラ0:13 それは、学問を大切にする人たちが、その教訓と知恵をしっかりと把握して、


シラ0:16-17 素直な心でこの書物を精読してほしい。


シラ0:18-20 我々は、懸命に努力したのであるが、上手に翻訳されていない語句もあると思われるので、そのような個所についてはどうかお許し願いたい。


シラ0:21-22 というのは、元来ヘブライ語で書かれているものを他の言語に翻訳すると、それは同じ意味合いを持たなくなってしまうからである。

※ここで、元来ヘブライ語で書かれているものときちんと記されている事実。


シラ書第1章の言葉より。


シラ1:6 知恵の根源が、だれに示されたであろうか。 その巧みさを、だれが知りえたであろうか。

シラ1:7 〔知恵がもたらす知識を、だれが見たであろうか。 知恵がもたらす豊かな経験を、 だれが理解したであろうか。〕

シラ1:8 知恵ある方はただひとり、いと畏き方、 玉座に座っておられる主である。

シ ラ1:9 主御自身が知恵を造り、 これを見て、価値あるものとされ、 造られたすべてのものの上に知恵を注がれた。

シ ラ1:10 主は、すべての人々に分に応じて知恵を与え、 主を愛する者には惜しみなくそれを与えられた。 〔主を愛することこそ、輝かしい知恵。 主は、御自分を示すために、知恵を分け与え、 こうして彼らは主を見るようになる。〕

シ ラ1:11 主を畏れることは、誉れと誇り、 幸せと喜びの冠である。

シ ラ1:12 主を畏れることは、心を楽しませ、 喜びと、幸福と、長寿をもたらす。 〔主を畏れることは、主からの賜物、 それによって愛の道を歩むことができる。〕

シ ラ1:13 主を畏れる人は、幸せな晩年を送り、 臨終の日にも、主から祝福を受ける。

シ ラ1:14 主を畏れることは、知恵の初めである。 知恵は、主を信じる人たちに 母の胎内にいるときから与えられている。

シラ1:15 知恵は、人々の間に揺るぎない基を据え、 人々は、幾世代にもわたってそれに信頼を置く。

シ ラ1:16 主を畏れることは、知恵に満たされること、 人々は、知恵の果実に陶酔し、

シラ1:17 彼らの家は、すべて望むもので満たされ、 そのすべての倉は、知恵の産物で満ちあふれる。

シラ1:18 主を畏れることは、知恵の冠、 平和の花を咲かせ、健康を保たせる。 〔主への畏敬と知恵こそは、 平和をもたらす神の賜物、 神を愛する者に誇りは増し加わる。

シラ1:19 主はこれを見て、価値あるものとされた。〕 知恵は、知識と悟りを雨のように注ぎ、 知恵を保つ者の栄誉を高める。

シ ラ1:20 主を畏れることは、知恵の根源、 そこから生え出る枝は、長寿である。

シラ1:21 〔主を畏れることは、罪を退け、 その畏れを心にとどめる人は、 すべての怒りを遠ざける。〕

シ ラ1:22 不当な憤りには、弁解の余地がなく、 理不尽な憤りは、身の破滅を招く。


シラ1:23 辛抱強い人は、時が来るまで耐え忍ぶ。 耐え忍んだ後には、気分が晴れて壮快になる。

シ ラ1:24 彼は語るべき時が来るまで、口を慎む。 そうすると多くの人々は、 彼の思慮深さを伝え広める。

※ここで記されている事実がある、彼は語るべき時が来るまで、口を慎む、要するに如何に苦しき状況にあろうとも、その境遇を耐えて、主との約束の言葉を守り、時が来るまでその意味を語ることをしないということである。


※辛抱強い人は、時が来るまで耐え忍ぶ。簡単にこう記されているが、並大抵ではなかったこと。苦しさの連続なので、それを耐えしのぶことに知恵を得ることを学ばされた。


 記されているとおり、神の言葉の解読(己の意味を知ること)そして、それを解りやすく伝えること。

 これが苦しい時代の仕事であり、その不採用が続いた時期は法律の学問等に費やしていた。


 作り上げねばならない、己の思考の完成である。


シラ1:25 知恵の倉には、知識に満ちた箴言がある。 しかし罪人は、敬神の心を忌み嫌う。

シラ1:26 知恵を熱望するならば、 主の掟を守り通すがよい。 主は知恵を豊かに与えてくださる。

シ ラ1:27 主を畏れることは、知恵であり、教訓である。 主は、誠実と柔和を喜ばれる。

シ ラ1:28 主を畏れることをいとうな。 二心をもって主に近づいてはならない。

シラ1:29 人々の前で己を偽るな。 お前の口を慎むがよい。

シラ1:30 高ぶった思いを抱くな。 さもないと、つまずいて恥をかく。 主は、お前の正体を明らかにし、 会堂の中で面目を失わせる。 なぜなら、お前は畏れを持たずに主に近づき、 心は偽りに満ちていたのだから。


※人々の前で己を偽るな。 お前の口を慎むがよい。

 こう記されている。

 要するに、己の口から偽りという意味を退け、その口から語られる言葉は、如何に苦しく貧しくとも、正しい厳格な言葉でなければならず、かつてその口でイエスキリストの不義を創り上げた意味は、神の律法への批判がその咎の意味であったこと。


 再度ここへきて、考えさせられる現実の言葉を知り得ていくことになる。


30:5神の言葉はみな真実である、

神は彼に寄り頼む者の盾である。

30:6その言葉に付け加えてはならない、

彼があなたを責め、あなたを偽り者とされないためだ。

30:7わたしは二つのことをあなたに求めます、

わたしの死なないうちに、これをかなえてください。

30:8うそ、偽りをわたしから遠ざけ、

貧しくもなく、また富みもせず、

ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。

30:9飽き足りて、あなたを知らないといい、

「主とはだれか」と言うことのないため、

また貧しくて盗みをし、

わたしの神の名を汚すことのないためです。

30:10あなたは、しもべのことをその主人に、

あしざまにいってはならない、

そうでないと彼はあなたをのろい、

あなたは罪をきせられる。

30:11世には父をのろったり、母を祝福しない者がある。

30:12世には自分の目にみずからを清い者として、

なおその汚れを洗われないものがある。

30:13世にはまた、このような人がある――

ああ、その目のいかに高きことよ、

またそのまぶたのいかにつりあがっていることよ。

30:14世にはまたつるぎのような歯をもち、

刀のようなきばをもって、

貧しい者を地の上から、

乏しい者を人の中から食い滅ぼすものがある。


※箴言の第30章の部分であるが、正直この言葉には参っていた過去がある。


30:7わたしは二つのことをあなたに求めます、

わたしの死なないうちに、これをかなえてください。

30:8うそ、偽りをわたしから遠ざけ、

貧しくもなく、また富みもせず、

ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。

30:9飽き足りて、あなたを知らないといい、

「主とはだれか」と言うことのないため、

また貧しくて盗みをし、

わたしの神の名を汚すことのないためです。


※ヨブ記に隠された重要な言葉で、その人物がその意味をほとんど知り得る頃、最終的な言葉の解釈に飛び込むことを想定されている。


貧困で、その学問のために本を運ぶ車が必要である。


究極の道を選び、貧しくても過ちは犯してはならないと、わたしに主が言われた言葉である。


その最終的な意味を知り得たときに、シラ書にある通り、その意味に誇りを持てと言われる。


奢るのではなく、高ぶるのではなく、貧困でもいいではないかとわたしは考えた。


シ ラ2:1 子よ、主に仕えるつもりなら、 自らを試練に向けて備えよ。

シラ2:2 心を引き締めて、耐え忍べ。 災難のときにも、取り乱すな。

シラ2:3 主に寄りすがり、決して離れるな。 そうすれば、豊かな晩年を送ることになる。

シラ2:4 身にふりかかる艱難は、すべて甘受せよ。 たとえ屈辱を受けても、我慢せよ。

シ ラ2:5 金は火で精錬され、 人は屈辱のかまどで陶冶され、 神に受け入れられる。 〔病気のときも貧しいときも、主に依り頼め。〕

シラ2:6 主を信頼せよ。そうすれば必ず助けてくださる。 お前の歩む道を一筋にして、主に望みを置け。

シラ2:7 主を畏れる人たちよ、主の憐れみを待ち望め。 わき見をしてはならない。 さもないと、道を踏み外す。

シ ラ2:8 主を畏れる人たちよ、主を信頼せよ。 そうすれば必ず報われる。

シラ2:9 主を畏れる人たちよ、主が賜るすばらしいこと、 すなわち、永遠の喜びと憐れみを待ち望め。 〔主は喜びに満ちた永遠の賜物を 報酬として与えてくださる。〕

シラ2:10 昔の人々のことを顧みて、よく考えてみよ。 主を信頼して、欺かれた者があったか。 主を敬い続けて、見捨てられた者があったか。 主を呼び求めて、無視された者があったか。

シ ラ2:11 主は、慈しみ深く、憐れみ深い方、 わたしたちの罪を赦し、 苦難のときに助けてくださる。

シ ラ2:12 臆病な者、怠惰な者、 二またをかける罪人は、禍いだ。

シラ2:13 無気力な者は、禍いだ。彼には信念がない。 だから、彼には主の守りはない。


シラ10:26 仕事をするとき、理屈をこねるな。 困っているとき、見栄を張るな。

シラ10:27 働いて、すべてに満ち足りている人の方が、 パンを得る手だてを持たず、 見栄を張って生きる人にまさる。

シラ10:28 子よ、慎み深く、自らに誇りを持ち、 自分を、あるがままに、正しく評価せよ。

シラ10:29 自分自身を汚す者を、 だれが正しい人と認めてくれるだろうか。 自分自身を軽んじる者を、 だれが重んじてくれるだろうか。

シラ10:30 貧しい人は、その知識によって尊ばれ、 金持ちは、その富によって尊ばれる。

シラ10:31 貧しくても尊ばれる人は、富を得れば、 どれほど尊ばれるだろうか。 金持ちでも軽蔑される人は、貧しくなれば、 どれほど軽蔑されるだろうか。


※シラ書の第10章の最後の言葉、わたしにはかなり強烈だった。

 己の立場を悟れば、その地獄なる貧困でも光ある。


これこそ、主の悟以外にはない。

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