誰が新しい契約と旧い契約などと決めたのだ。
誰が新しい契約と旧い契約などと決めたのだ
66:15見よ、主は火の中にあらわれて来られる。
その車はつむじ風のようだ。
激しい怒りをもってその憤りをもらし、
火の炎をもって責められる。
66:16主は火をもって、またつるぎをもって、
すべての人にさばきを行われる。
主に殺される者は多い」。
66:17「みずからを聖別し、みずからを清めて園に行き、その中にあるものに従い、豚の肉、憎むべき物およびねずみを食う者はみな共に絶えうせる」と主は言われる。
(某教義の契約に対する返答)
2012/3/14
旧約聖書がなぜ「旧約」と言われているかわかりますか?
旧約とは「旧い契約」という意味です。これに対して、新約聖書の「新約」は「新しい契約」という意味です。新しい契約が結ばれれば、旧い契約は効力を失って不要になります。食物規定などの旧約律法は「旧い契約」ですから、これはイエス・キリストを通して結ばれた「新しい契約」によって用済みになっています。
キリストによって結ばれた新しい契約で有効になった新しい掟は「隣人愛」ですが、伝統的なキリスト教では旧約聖書に書かれているモーセの十戒も、クリスチャンが守るべき道徳的な戒めだと考えています。この十戒の中に、食物規定はありません。ですからクリスチャンは豚肉だろうがイカタコだろうがウナギだろうと、好きなものを何でも食べられるのです。
※このような事を言っているから滅ぼされるのだ。
みずからを聖別し、みずからを清めて園に行き、この言葉、その愚かな教義を意味する。
65:2よからぬ道に歩み、
自分の思いに従うそむける民に、
わたしはひねもす手を伸べて招いた。
65:3この民はまのあたり常にわたしを怒らせ、
園の中で犠牲をささげ、
かわらの上で香をたき、
65:4墓場にすわり、ひそかな所にやどり、
豚の肉を食らい、
憎むべき物の、あつものをその器に盛って、
65:5言う、「あなたはそこに立って、
わたしに近づいてはならない。
わたしはあなたと区別されたものだから」と。
これらはわが鼻の煙、ひねもす燃える火である。
65:6見よ、この事はわが前にしるされた、
「わたしは黙っていないで報い返す。
そうだ、わたしは彼らのふところに、
65:7彼らの不義と、彼らの先祖たちの不義とを
共に報い返す。
彼らが山の上で香をたき、
丘の上でわたしをそしったゆえ、
わたしは彼らのさきのわざを量って、
そのふところに返す」と主は言われる。
※受けるがよい。




