第二章
私はただいま自室で謹慎中です。
お世話係りの女の人が膝の上で私の頭を優しく撫ぜています。
昨日の夕方、私はボロボロの姿で帰りました。服は破れている所があり、そこの皮膚もほんの少しだけ切り傷が刻まれていました。でも、これは体が少々大きい彼と一緒に転げ回ったりじゃれて遊んだだけなんです。彼と遊ぶ時はよく細かい傷を作って帰ることがありました。
なぜ? いまさら? という印象です。なにしろ自室に閉じ込められたので、父上に理由も聞けません。
外からは木製の扉越しにくぐもった喧騒が聞こえました。
コンコン。
木と木の当たる硬く軽い音が聞こえました。この音は杖でノックするおばあちゃんの訪問を意味します。
私はパタパタと膝の上から飛び起き扉を顔半分ほど開けます。
「なに?」
おばあちゃんは私の肩くらいの高さから顔を出してボソボソ喋ります。
「大変な事になってしまいましたわ。ババとライアンにあのドラゴンを捕まえてこいと命令が出てしまいましたわ。」
ライアンは王国最強と噂の我が国の騎士隊長のおじいちゃんのことです。
「えーっと……。え?」
枯れてもマーリンは王国一の魔法使い。老いてもライアンは我が国の騎士隊長。この二人掛かりというのは……。父上が本気で怒っている様なのです。
「父上はドラゴンの事は承知で放っておいたのです。ババがちゃんと目付役をこなせば……。ババでは至らなかったですわ。」
扉の隙間から枯れた腕が伸びて私の肩を掴みました。
「ですが、ババがなんとかしてみましょう!なんとかなりますわい!」
私は不安になりました。おばあちゃんは間違いなく私の最大の味方です。ですが、おばあちゃんが何かを不思議な魔法でごまかしても、いつも最後にはばれてしまうのです。
「本当に大丈夫なの?」
「ええ、もちろんですとも! ババが大丈夫と言えば大丈夫ですわい!」
「それじゃあ、お願いしますね。」
「承知しました。」
おばあちゃんはいつも明るくて、私の不安や暗くなった感情を吹き飛ばしてくれました。でも、今回はいつもと違っておばあちゃんの明るさが私に不安残しました。
気づくと私は扉から腕を伸ばして、踵を返すおばあちゃんのローブの裾をギュッと掴んでいました。
「お願いします。あの子は何も悪いことをしてないです。今回は私の不注意です。もう危ないことはしないから……あの子を傷つけるようなことはしないで下さい。」
裾を掴む手に力が入り、さらにギュッと握りしめました。視線はつま先に落ちていました。
「お願いします。マーリン。私はここを出られないので、おばあちゃんだけが頼りです。あの子を守って。」
「だそうだよ? ライアンよ。」
私はうつむいていたので、おばあちゃんのすぐ後ろに見上げる程の大きな老人がいたのに気づきませんでした。
「ふむ。たまには、私にも頼っていただきたいですな!」
「おじいちゃん!? 聞いてたの?」
「ええ、少々。それにしても……ふむ。難しい問題ですな。」
おじいちゃんはあごひげをさすりながらウーンと考え込んでいます。
「私からはこうとしか言えませんな。私は国王の騎士隊隊長として命令に従いドラゴンの捕縛を完遂するつもりです。ですが、一人のジジイとして、このババアに何か悪知恵があるようなら少々の事には目を瞑りましょう!」
おじいちゃんはワッハッハッと鎧を鳴らしながら歩いて行ってしまった。
「意味が分からんわい。ジジイめ。」
悪態をつきながらおばあちゃんはニヤニヤしてます。
「後は、ババとジジイに任せて下さい。」
「うん。お願いね。」
手からは力が抜け、スッとローブから落ちた。
同時に私の体もペタンと床に落ちて、同室にいる女の人を心配させてしまった。