第一章
人の寿命は長くても100年しかないそうで。
ドラゴンの寿命は200年をゆうに超えるそうで。
偉大な魔法使いであり、私の家庭教師でもあり、父上の重要な相談役でもある、100年以上生きていそうなシワシワのおばあちゃんが教えてくれました。彼女の名前はマーリンと言います。いつも灰色のローブで全身を隠しているので「灰色の魔女」とも呼ばれています。他にも「草花の魔女」や「森からの来訪者」や「ババ様」とも呼ばれています。私は心からの尊敬と親愛を込めて「おばあちゃん」と呼んでいます。
「それじゃ、おばあちゃん行ってくるね。」
世界中の様々な本が所狭しと詰め込まれた城の中の薄暗い一部屋で、私とおばあちゃんは物陰に隠れて顔を突き合わせヒソヒソと密談をします。
「はいはい。気をつけて下さいね。姫様に何かあったらお父上にババが怒られてしまいますわ。囁きの森に行くときは………」
「心配しないでおばあちゃん。大丈夫。ちゃんと、おばあちゃんの言い付けは守ってるから。お守りもちゃんと肌身離さず持ってる。彼等とは種族が違う。だから、考え方や文化が違うこともちゃんと分かってる。大丈夫。心配しないで。」
「心配なんぞしとらんですわ。姫様の心配を毎度毎度していたら、ババはとっくに土に還ってますわ。」
「フフフッ。おばあちゃんそれは嫌味?」
少年の様な格好をした私は、両手で口元を隠してクスクスと笑いました。
「フォーフォー。姫様はいつもババをいじめるからですわ。」
「フフッ、そうね。これからは、もうちょっと優しくするように心がけるわ。それじゃ、行ってきます。お土産期待しててね。」
立ち上がり、踵を返して、一歩踏み出そうとする私の手をつかんでおばあちゃんは念を押します。
「フォーフォー。期待して待っておりますわ。姫様。必ず、暗くなる前に帰ってくるのですよ。それと、分かっていても理解していなければ意味はないのです。気をつけて。」
「うん。分かってるわ。フフッ、やっぱり心配なのね。行ってきます。」
私は足元に密生しているツタの中心に立ち、手に握っていた薬瓶の中の薄っすら青色をした液体をほんの少しだけ舐めました。
植物の特有な苦味が口の中に広がります。
目を閉じ呪文を唱えます。
「ミーリアス………」
「リーラ…………」
足元のツタが光りました。まぶた越しに私の周りが明るくなったのが分かります。
もう一度、薬瓶の液体をほんの少しだけ舐めす。
間違えない様にゆっくりゆっくりと唱えます。
「ヴィルガ……」
「ファキート……」
「ウィガン……」
光が一段強くなります。
パンッと強い閃光が瞬くと、私はお城から消えました。
お城から一番遠い古物店の本棚に私は出現しました。
足元を見ると、魔法陣を形作っていたツタが栞にシュルシュル戻っていくところでした。ツタが収まった栞を「植物大全」と革表紙に金文字が施されている本の79ページに挟み、埃だらけの本棚に押し戻します。
「おはようございます。おじい様。」
ツタの様に絡まったおヒゲと、これまたツタの様に絡まった髪の毛をうなじで縛っている柔らかな雰囲気の老紳士が、カウンター奥で椅子にかけてぼんやりしていました。
「おぉ、いつもの嬢ちゃんかい。朝から元気だのぉ。」
「はい。朝から元気です。今日も夕暮れになったらまた来ますので、よろしくお願いします。」
「はいはい。はいよ〜。」
おじい様は私がお城の人だとは知りません。以前におばあちゃんと一緒に来たことがあります。きっと、おばあちゃんの孫だと思っているはずです。おじい様に軽く手をフリフリ振ってから、扉を開け眩い太陽の光の中を走り出しました。
今日の目的地も大岩の秘密基地です。
目の前の大岩には大きな横穴が空いています。私がつま先立ちすればギリギリ指先が付かないくらいの高さです。この穴は2年程前にドワーフ達と一緒に掘った穴です。削ったの方が正しいのかも? 実は、ほとんどがドワーフ達の努力の賜物で私はすぐ手が痛くなってしまって、少しピッケルを振りまわして、たっぷり休んでの繰り返しでした。ドワーフ達は休まず歌いながら掘るのですごいものでした。歌は休まずしっかり歌いました!
大岩の横穴の奥からグルルルルと地響きのような低音が横穴を揺らします。横穴の奥で何かがキラリと煌きました。私は臆することなく、どんどん入っていきます。光がぼんやりと届いている横穴の一番奥にはドラゴンがいます。頭の先から尻尾の先まで私の三倍以上はある白銀のドラゴンは、弱く届く陽光を反射して神々しく輝いています。
神々しく輝いて奥に伏せている彼は寝息を横穴いっぱいに響かせながら丸まって寝ていました。
頭の横に膝を抱えて座り、静かに挨拶をします。
「おはよう。ユーサー。」
白銀の彼の少しひんやりとした頭を優しく撫でます。
彼は私に気づいて片目だけ開き私を見つめます。そして、フシューー!と鼻腔から大きなため息をついて、また瞼を閉じました。この仕草は彼の「またお前か、おはよう。」なのです。
彼の頭に上体を預けしばらくの間は、横穴の生温さと彼のひんやりとした体温でまどろんだ意識を楽しみました。
夢の中に片足を浸してフワフワとした意識を楽しんでいたら、彼は体を起こしました。私はまどろみから引き戻され、目を軽く擦りました。彼は背中を低くして私を待っています。
「早く乗って。外へ出よう。」と言っているのです。
腰に巻いてある、私の背丈には不恰好な長い革のベルトを彼の口にかけてから、よいしょと肩に乗ります。
外に出て空を仰ぐと一番高い所で太陽が輝いていました。
「行こう!」
大きな声でかれに合図をだした後、革ベルトをしっかり握り、姿勢を低くして、もう慣れた飛行の姿勢を取りました。
彼はグルルと短く唸ってから、翼を大きく広げ二、三度軽く羽ばたかせてから、力強く翼を降り降ろしました。強い風と共に私達は空に舞い上がりました。