プロローグ
彼はとても美しい姿をしています。
風をきるとても大きな翼と、水面の様にキラキラと輝くしなやかな鱗。お顔には頑強な顎と立派な角が二本ついています。体は澄んだ白銀色をしていて、お天気が良い日なんかは眩しく輝きます。困った事に、眩しすぎて直視できない日なんかもありました。
私は蒼天の中を飛んでいます。
白銀のドラゴンに乗り、空を駆けています。
雲の高さというのは風が冷たいので意外と凍えます。ドラゴンに乗るまでは太陽の近くは暑いものだと思っていましたが、実際は寒いのです。だから、必ず私は薄緑色の魔法のマントと、ブカブカの革手袋をしてからドラゴンに乗ります。
ドラゴンに乗るという行為は命がけの遊びです。冗談ではなく真面目に。
何度も晴れ渡ったお空から命を落っことしそうになりました。そのうえ、大地に帰還したら今度は立つ事もままならないのです。足がプルプルと震えて力が込められなくなるのです。
苦節2年、工夫と鍛錬と根性により周りの景色を楽しめるくらいにはなりました。
私達の真下には緑の絨毯の上に丸く縁どられた街があります。人々の生活や活気がうごめいていて、生気に満ち溢れています。街の中心には大小二種類の四角い箱が二段重ねになっているお城があります。可愛くはないけど、私のお家でもあります。
視線を少し前方にずらすと、こんもりとした丘の上には大岩とねじれにねじれた木が一本ピョコっと立っています。あの大岩には穴が開いています。ドワーフの友達と一緒に掘った深い横穴です。あそこは私のもう一つのお家です。私とドワーフ達との汗と涙と友情の結晶でもあります。
大岩を挟んで木と反対の方向。つまり、街からさらに離れる方向にはずっと向こうの山の麓まで森が広がっています。この森は「囁きの森」と街でささやかれており、恐れられています。街の子供達は森に入ってはいけないと、誰もが親から教わります。その親達も、滅多な事がない限り近づかない大きな森です。私はお喋りしたい時はあそこの森に入りドルイド達とお話をします。もちろん、心配症の父上には内緒にしています。もし、父上に私の冒険譚を聞かせたら、感動のあまり泡を吹いて倒れてしまうかもしれないので、これまた心配症の私は父上に気を使うのです。
森の向こうには赤く燃え立つ元気な山があります。あの山は、赤色の炎竜の巣だそうです。山を越えると、海があると聞いたことがあります。その海には……。
私が首にしがみついているドラゴンは、グイッと左手に90°方向転換しました。
この方角には、綺麗で荘厳な白い尖った雪山が見えます。この雪山にもドラゴンがいるそうです。雪山の寒さに白く染められた大きなドラゴンは氷雪に埋もれ、驚く事に200年以上も眠っているそうです。私なら何もせずにジッと200年も眠るなんて考えられません。それに、私は200年も生きられません!死んでしまいます。
ここが私の世界でした。
お城を抜け出して、「囁きの森」でお喋りをして、隠れ家でドワーフ達とあれこれ作って、青い空に私の白銀の彼と共に空中散歩をする。
お城に帰ったら、父上に怒られて、ライアンおじさんにイタズラを仕掛けて、シワシワのおばあちゃん魔法使いのマーリンに絵本を読んでもらって寝る。
これがとある小国のお姫様である私の全てでした。