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綿の少女と四月馬鹿

作者: 不知火明人

 4月1日は所謂エイプリルフールと呼ばれる日であって、この日一日は嘘をついても良いと世界中に広まっている。

 その一説には「嘘は午前中まで」とか「ついた嘘は一年続く」とか本当にそうなのか疑問が及ぶところもある。

 また、「嘘の内容は他人が笑って許せる内容にのみ限る」って明言されているものもあるが、まあこれは暗黙のルールだ。

 ただ、その起源を知っている人間は果たしてどれ程いるかというと、知らないという人間が結構いるだろう。

 俺も知らない人間だった。祖母の形見である人形がいきなり喋りだすまではな。


「このふくかわいい、おひめさまみたい」

 一言、どうしてこうなった。

 どうして人形が喋っているんだ。確かに最近は喋る人形も多いけどここまで高性能ではないぞ。

 どうして人形がいきなり俺の頬っぺたを小突いているんだ。確かに最近は動く人形も多いけどここまで(ry

 というかどうして昨日まで動きも喋りもしていなかったよな。何せこの人形は今は亡きおばあちゃんが作ってくれた形見だ。人形を作る工程のどこにも電池とかは入れている覚えはない。

 まあ取り敢えず閑話休題(そこはどうでもいい)

 今一番の頭の悩みどころは、どうして人形を肩に乗せて繁華街に歩かなきゃいけないかということだ。今時期こんな人形を乗っけて歩くような高校生なぞ幼稚すぎやしないか。

 現に歩いている女子高生が俺に向かって「えー、この子お人形さん持ってるのー?」「キモーイ」「お人形もって外出るのは幼稚園児までだよねー」なんて言っている。

 懐かしいよ、そのネタ。

「ねーね、つぎいこ?」

 この繁華街内を歩いてともようやくおさらばできるのか。と一息つくのも束の間。俺の腹の虫がなってしまったのだ。

 全く、今の状況を整理しようとしたがまとまるわけがない。腹が減っては戦が出来ぬとはまさにこのことか。

 幸い、繁華街から少し外れたところにに丁度行きつけの隠れ家的喫茶店があったのが、そう思い入った。


「いらっしゃいませ……おや、お久しぶりですね」

「ああ、マスター。いつもの」

 ここの喫茶店は常連で、マスターとはいつものんびりキャラメルラテを飲みながらいろいろな話題を展開する仲だ。

「かしこまりました」

 そういうとマスターはすぐにキャラメルラテを入れる準備を始めた。

 しかし、御昼時だからしょうがないとはいえ昼食を楽しんでいる客で席の大半が埋まっているとは。ここでも周りの目は冷たいままだが、マスターは俺がどういう経緯で人形好きになったかというのも分かっている人間だから人形に関して特に何も言わなかったようだ。


 さて、さほど時間もかからずにキャラメルラテとクレープが届いた。常連客の特権「いつもの」で通じるとはいえ注文を受けてからすぐに来るのは、ある意味嬉しい誤算だ。

 さて、一口食べよう。お昼ご飯を甘ったるいクレープで済ますなど日常茶飯事である甘党の俺。

 特にここのクレープはバニラアイスにチョコレートソースに生クリーム、絶妙な甘ったるさがいい。

「これ、なーに?」

 いつもの甘さで満足した俺を、表情が変わらない人形の少女がじーっと見つめていた。

「これはクレープっていうんだ」

「食べたい」

 あのな。こっちもお腹空いたからあげるつもりはないし、お前はどうやってご飯食べるつもりだ。だが、それを考える間もなく、少女がまさかの追い打ちをかけた。

「あーんってして」

 ……はあ!?普通それ恋人同士がやるものでしょう!?全く、この少女気づいていないと思うが、そんな様子を周りの人が見たら恥ずかしくて婿になれない。

「あのなあ、この状況でやれって言ったら俺に対する周りの目が」

「……のろいころす」

 そういう少女の殺気半端ないマジ半端ないデスやめてください何でもしますから。


 何だかんだあってその後も色々連れまわされたが、結論から言うとひどく疲れた。疲労の原因は主に周囲の人間(事情を知らない馬鹿)の冷たい視線のせいだが。

 そう言えば人形の少女の食べ方にはびっくりしたな。人形の口元に近づけた途端クレープが淡く輝き、次の瞬間消えてなくなっている。少女は「甘ったるい」といってそれ以上口にしなかったが。尚。俺は半ば変な納得をしつつ、周囲の目線に耐えながらクレープを食べ続けた。

「疲れた」

 夕暮れの海の中、俺は砂浜に腰かけると大きなため息をついた。

「どうして?」

「そりゃ……ある意味お前のせいで周りが白い目で見られていたからな」

 少女に悪気はないのは知っているが、世間と言うものの目はとかく異常者を排除しようなんて動きがあるからそこまで好きになれない。

「にんげんはみんなばか」

 夕暮れ時の海で少女が呟いた言葉は確かにそうだ。が……。そこにある俺の思いと少女の思いは全く別物だった。

「……にんげんなんてみんなきえてしまえばいいのに」

 その重みのある言葉を失い、只々人形の少女を見つめる。その後少しの間をおいて、少女はただ淡々と話を始めた。


 その昔、ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していた。しかし、1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用し、これに反発した人々が4月1日を「嘘の新年」として馬鹿騒ぎをはじめた。

 シャルル9世はこの事態に対して非常に憤慨し、町で「嘘の新年」を祝っていた人々を逮捕し、片っ端から処刑してしまう。

 その処刑された人々の中には、僅か13歳の少女が含まれていたのだ、と。


「その13歳の少女が私」

 急に大人びた人形の少女の前に、俺はひどく混乱してしまった。

「嘘だろ、だってお前はおばあちゃんが作ってくれた人形じゃないか」

 何故殺された少女の魂が入りこんでいるのか、それも何故この人形が、4月1日に。

 そんな頭の中でも感じた強い思い。もし、彼女の言っていることが本当なら。13才の少女が処刑された事実が本当なら。一人の人間が、こうして少女に間違った考えを植えつけている。その話は余りにも馬鹿らしく、余りにも残酷な物であった。

 同時に俺は、自分自身含める人間に対して怒りも覚えた。


 だが、そこで俺ははたと気づいた。殺された少女がこの人形に入っている理由は分からないが、4月1日なのはもしかして……。

 冷静さを取り戻した俺はポケットの中にしまい込んであったスマートフォンを取り出し、あるキーワードを調べた。"エイプリルフール 起源"と。


 そうして訪れた長い沈黙と少女が言っていたことと変わりない事実。それを両方破るために、俺はやや自嘲気味に呟いた。

「まあ、みんな馬鹿なんじゃない?」

「だからいなくなってしまえばいいの」

 でも、それは絶対に違う。第一、もし本当に人形の少女が処刑されたあの少女だったとしても、

「誰でもとんでもない思い違いとか、屈辱の傷に塩を投げかけたりとか、人間なんだから誰でも失敗はするさ」

 表情などいつも微笑んでいる人形だから分からない。この話が本当につながるかどうかもそれでも俺はなけなしの、今さっき分かったばかりの知識で伝えたいことがあった。

 そんなこと誰も許すはずが無い、と。

「けどさ、人間は間違いを正すことも償うこともできるし、その事を忘れ去られないようにだってできるさ。だって……事実今日がそうなんだ」

 そうして俺は、人形の少女を抱きながらにぃ、と笑った。

「四月馬鹿なんて言われるエイプリルフールは、些細な嘘で処刑されてしまった少女(おまえ)の安らかな眠りを願って行ったものだから、な」


 やはり、この話には続きがあった。

 この事件にショックを受けたフランスの人々は、フランス王への抗議と、この事件を忘れないためにその後も毎年4月1日になると盛大に「嘘の新年」を祝うようになっていった。

 そして13歳という若さで処刑された少女への哀悼の意を表して、1564年から13年ごとにその日を一日中全く嘘をついてはいけない日とするという風習も生まれた。


「……にんげんはみんなばか」

 その声にさっきのような殺気はもうない。代わりに、泣きもしない人形の嗚咽と、その言葉だけが、波の音と一緒に僕の耳に響いた。

 13歳で死んでしまった悲劇の少女にその後の顛末を語ったところで、果たしてその時の王を許してくれるかどうかは一生かけても分からないし、多分赦してもらえないだろう。


「……ばかだけど、でも」

 それに現実味を帯びない今日一日を周りに話したところで、そんなのはエイプリルフールでついた嘘だろうなんて笑ってそれで終わる。

 13年に一度の4月1日は一日中全く嘘をついてはいけない日とするという風習次第に人々の記憶から消えていった。それでも、今やエイプリルフールは世界中に広まっている。


 それでいいかもしれないな。今日一日だけじゃない、この先毎日、みんな四月馬鹿。馬鹿の世界は馬鹿の世界なりにキラキラしていて楽しいんじゃないかな、なんて。


「にんげんはすきかも」

 日が静まる中、波にさらわれて聞こえなくなった人形の少女をあやしながら抱き、最後にそう言って動かなくなった。何故だろう、最後にそう言った人形の少女の微笑みが、今以上にずっと優しく、かわいらしく見えた。

-馬鹿作者のあとがき-

 不知火明人です。不協和音なカルテット名義で「異世界レジスタンスを科学的に遂行してみせます」を連載しております。


 エイプリルフールです。今回小説内に出てきたことは有力とされる起源説を用いましたが、インドで悟りの修行は、春分から3月末まで行われていたが、すぐに迷いが生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったことによるとする説もあるようでして。

 いずれもエイプリルフールの起源は全く不明であり、確証がないことから仮説の域を出ていないようです。


 さて、裏話という名の懺悔に移りましょう。


 ・見切り発車です。

 ・実は意外とエイプリルフールの起源を知らない人が多かったりするのかな、と思いながら馬鹿な私が今日の朝まで知らなかったエイプリルフールの起源をみつけ、「これはいける」と思いながら見切り発車で書いた短編です。とはいえ、実はいつどこでエイプリルフールの習慣が始まったかはわかっていないのです。

 ・見切り発車故に13歳の少女にしては余りにも幼すぎないかとか思いましたが見切り発車なのでスルーしました。そして急に大人びるようにもなりました。完全に馬鹿です。

 ・人形の少女と男性ってどっかで見たことあるなあ。なんて思っていたら、灼眼のシャナに出てくるフリアグネとマリアンヌでした。馬鹿です。

 ・そしてエイプリルフールエイプリルフール言っていると途中でエイプリールフールなんて書きそうになりました。本来ならどっちでも問題ないと思いますが、ここで困ったのは表記ゆれです。はい、表記ゆれマジ大変です。

 ・ちょっと心配になってきたので、文章校正として友人に「ちょっと読んでみて」とこの小説を投げたところ、たくさんの修正ポイントと共に友人が「とりあえず背景設定がとんでもないことになっていて……な、何と申しましょうか――」と引き攣った笑みを浮かべながら渡してきました。見切り発車です。

 ・そしてこのあとがきも校正してもらおうと思ったら「"修正ポイント"が"習性ポイント"になってますよ!?それ自体が"修正ポイント"になっちゃってますよ?!?!」と友人に言われました。馬鹿です。


 最後に、拙作ではありますが不協和音なカルテット名義で連載中の異世界レジスタンスryも何卒宜しくお願いいたします。

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