ゲームの中で一日中ボーっとする話
ふと思い浮かんで書いてみた。ただしデスゲームでもなんでもない話。
「暇だ…………」
朝。ゲームの中。一人。草原。空を見上げているだけ。首痛い。色々飛んでる。影しか見えない。眩しい。雲流れてる。鳴き声うるさい。体育座り。
思いつく限りの状況説明としてはこれぐらいだろうか。
ゲーム時間午前六時がいつの間にか午前十時になっていた。となると四時間もここでボーっとしてることになるのか。眠くないけど寝てる気がする。
「暇だ……」
視線を地上に戻す。首の痛みがなくなった。鳴き声うるさい。騒音うるさい。爆発音うるさい。眩しい。動くのダルイ。死にたくない。
そう言えば今日も学校あるんだったか。確かあったな。これで何か月連続での欠席記録だろ。きっとまた怒られるだろう。ここまで来れば立派な記録だと思わないかね。続けようと思わないかね。
大の字になる。周囲の音が騒々しい。風が気持ちいい。草の揺れる音が心地いい。寝よう。
「おやすみ」
「………キュウ?」
近くにモンスターが来た。モンスターというには可愛い狐である。子供なのか小柄で、大きな目が愛くるしい雰囲気を醸し出しているのが視覚情報で得られたもの。でもレベル79.死ねるレベル。
でも寝る。
「……」
そわそわと近くを動き回る音がする。けど寝る。
オンラインゲームでこんな風情のある場所があるならボーっとしないわけにはいかない。あまりにも気持ち良すぎて寝ることがあるけど。暇だけど。
やがてその狐はどこかに落ち着いたのか、気配的には俺の近くで同じように寝たようだ。
おやすみ。
ぐぅぅぅ。腹が鳴った。目が覚めた。爆撃音のような腹の鳴り方じゃなくて良かったと思いながらむくりと起き上がる。
「……?」
景色が変わっていた。草原ではなく周りが茶色い壁に囲まれていた。というかこの壁動いてる。狐は俺の腰のあたりで寝ていた。
とりあえず腹減った。今何時? 午後七時。そりゃ腹減るか。
メニューで確認して一人芝居をしてみるが、暇つぶしにもなりはしない。飯を食おう飯を。
音が聞こえなくなった。きっと狩るプレイヤーがいなくなったのだろうが、これは一体どう状況だろうかと理解せずに飯を食べよう。
アイテムからいなりずしを選択する。なぜあるのかは、おそらくこれの作成者が日本人だからだろうと勝手に推測。
と、突如現れたいなりずしの匂いに気付いたのか、狐が耳を動かしてから起きて俺を見る。その眼は食わせろと言ってるかもしれなかった。
死にたくないのでとりあえず一つ上げる。箸がないので手でつかんで狐の鼻のあたりに近づかせると、一瞬で消えた。
「キュウ!!」
喜んだようだというか何時の間にすべて食い終わったのだろうか。気付いたら皿の上に置いてあったいなりずしがなくなって腹減った。
仕方ないのでうどんを選択して出現させると、油揚げだけが綺麗に消えていた。
さすがレベル80近く。目にも止まらないとはこの事か。
残念な気持ちをすぐに捨て置き、うどんを啜る。美味い旨いウマいうまい。
「ごちそうさま」
「キュウ!」
この狐、人語を理解できるのだろうか。さっきからそんな感じの会話をしてる気がする。
上を見る。空が黒い。星が瞬いている。赤い月と白い月が少しの差で追いかけっこをしている。一生終わらない追いかけっこを。
やはりいいなこの景色。写真を撮りたいぐらいだ。カメラなんて現代もの、この世界にないけども。後地上の景色は茶色の壁のせいで分からないけど。
腹が膨れたし景色を見たのでどうするか。帰ろうにも帰れないし、かといってここにいつまでも長居できない。現実世界には帰れないし。ま、今じゃこっちが現実なんだけど。
好奇心で壁に触ってみる。しかし何の反応もない。
寝ることにした。
「起きなさい」
「……景観を破壊する悪魔?」
「誰の事よ!?」
殴られた。HP減った。洒落にならないぐらい減った。後一撃食らったら死ぬ。レベル90マジ死ね。
「……前々から思うけど、なんであんたレベル22でHP1残ってるの?」
「殴る淑女がどこにいる」
「質問に答えなさいよ!」
「キュウ!!」
狐が目の前の女に対し怒ったのか飛びかかった。女は避けもせずに背中に担いだ斧を構えて弾き飛ばす。
あぁ狐……。なんか申し訳なくなる。幸い生きてる様だが、この女がそれを見逃すわけないので、とりあえず女にPK疑いのGMコールをして退場させる。だって俺死にそうだったし。
「ちょっと!?」
すぐさま消える女のアバター。何か叫んでいたけど俺のせいじゃない。
消えた頃を見計らって狐が飛んで行った方へ歩く。と、一歩踏み出したら元気そうに俺に飛びついてきた。
「死なずに済んでよかったな」
「キュウ!」
そう言えば狐の鳴き声はこれであってるのだろうかとふと思い至ったが、特に気になることではあまりなかったために二人仲良くその場に座り、一緒に回復薬を浴びる。シャワーの代わりっぽく。
時間午後十時。そろそろだろうか。
月が真上辺りにある。草原一帯に光が当たる。その結果、草原にいる虫たちが光を浴びて輝き、一斉に飛び立った。
「キュウ…」
「綺麗だ」
鳴き声を漏らした狐と、素直に現在の光景の感想を呟く俺。傍から見れば異色どころか狩る側と狩られる側なのだろうが、俺達はこの光景に感動していた。
これこそがここの草原名物。『ナルティアチュウの発光』。赤と白の月明かりを吸収し、ここの草原固有種のナルティアチュウが一斉に輝くというもの。ただしこのナルティアチュウがそれほどいる訳でなく、大発生イベントでのみ大量に現れる。
これを見つけたのはこのゲームがサービス開始された数日後の事であり、それ以降はそういう景色を眺めるのが好きな奴らが検証し、やっと実証できた条件を代表である俺が最終確認という名目で試してみたのだ。
これは本当にカメラがあればよかったんだがなぁ。そこだけを残念に思いながら、狐と一緒に数週間に一回の光景を目に焼き付けていた。
と、狐が不意に輝いたのが隣で分かったためにそちらに視線を移すと、狐が大きくなっていた。レベルはそのままで。
「……」
先程の光景は一応目に焼き付けて脳内に完全に保存されているが、狐が大きく、しかも尾が九本も生えているのを見てしまったために衝撃的に負けてしまった。
あの狐進化したのか。しばらく狐を見ながらそんなことを考え、ふと視線を戻すと、月が動いたせいで名物景色が終わっていた。
もうここに用はないから帰るか。そう思った俺は腰を上げて立ち上がると、狐が俺の襟を間で自分の背中に投げたようで、気付いたら俺の身長が変わらない高さの九尾の狐の背中にいた。
「キュウ?」
「……帰るか」
「キュウ!」
もはやどういう要因でこうなったのかわからないが、九尾の狐と一緒にギルドハウスへ戻った。
戻ったら戻ったで騒々しかったので、無視して寝た。
こんな感じで、俺達『世界景色発見』ギルドの一日は終わる。
書けたら続編もあるかも。