二人の日 3
数分繰り返していたが汗が頬を伝いはじめる。思っていた以上に体力を使うとは聞いていたがこんなに大変だとは思わなかった。
周りのざわつきもいつしか消えていた。それが救命するための手段なのだと理解してきたからだ。彼らはただ黙ってその行為を見ている。
今は梅雨目前。湿気がある。汗が溢れる。体力の消耗が激しい。彼の腕に力が入らなくなってくる。
それを見兼ねた男が一人、前に出た。
「おい、わしがこっちをやる。おんしゃあ、そっちをやりなさい」
祐樹は顔を上げた。
ぼんやりとした頭がその姿を見た瞬間ぎょっとして、はっきりとした。
(坂本龍馬……!)
龍馬がきた。ほぼ間違いない。彼の写真は何度か見ている。特徴的なほくろ。細めた目。ざっくばらんな髷。そして体のでかさ。こうも後世に残った姿と同じものなのかと度肝を抜く。
が、そうそうほうけてる暇はない。龍馬が心臓マッサージを見よう見真似でやってくれるのだ。体がでかいためマッサージに充分な力もあった。祐樹は人工呼吸をタイミング見計らい行う。早く医者はこないのか。
そして、「医者だ! 医者が来たぞ!」
祐樹と大男は顔を上げた。
医者が汗だくになって駆け込んでくる。医者は脈をとり、そして舌を見て、目を見る。それから二人を見た。
「彼は助かるよ」
祐樹はそれを聞いた瞬間その場に尻をついた。
店主は祐樹が心臓マッサージをしている間にいつのまにか息を吹き返していたのだ。顔色もよくなっていた。普通に考えれば息を吹き返した人間に人工呼吸は好ましいことではないが、祐樹の心肺蘇生がなければ死んでいただろう。
「元々、心の臓が強くない患者やったんどす。おおきに。処置が遅れていたらこの患者は死んでいたやろう」
店主は家の中に運ばれた。あとは任せてもいいようだ。
祐樹の体にどっと疲れが出てきた。気づくと人溜まりもなくなり、いたのは彼と大男……と言っても未来では普通サイズの身長の男だった。
「おぬし、ようやっちゃのう」
男が手を差し出してきた。
今度は違う緊張が走り、その手を握り返し腰を上げる。
「あの、あなたは……」
「名乗るほどのもんでもないきに。おんしの珍しい医療に興味を持ったただの通りすがりのもんじゃ」
「……土佐の人ですか」
「そういうおんしも江戸のもんかにゃ? いや、この国のもんかの?」
冗談を言って笑う男の横で祐樹は一瞬どきりとした。
「江戸です。ちょっとだけ西洋医学をかじっただけで……」
「ほう。西洋の医学となると、緒方先生のお弟子さんか?」
「緒方……? あ、緒方洪庵……先生でしょうか?」
「なんじゃ違うのか」
「あ、えっと……弟子ではありません」
しどろもどろと答える。緒方洪庵は知ってはいるがあまりつっこまれても詳しいことはわからない。しかし後世に名を残すほど有名なのだ。知らない振りもできない。
「お弟子さんも気の毒じゃのう。昨年亡くなられたという噂を聞いちょる」
それだけいうと男は祐樹をじっと見た。
「おんしもなかなかの大男じゃな……。親近感がわくぜよ。縁があるならまた会えるきに、そのときに名乗らせてもらうかにゃ」
それだけ言うと男はまた豪快に笑い、大股で闊歩して、そこを去った。
祐樹はため息をついて、店を出る。
(狭い世界だなぁ……)
そんなことを思いながら家路についた。