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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
最初の日
6/43

最初の日 5

「怪しい奴らやな。訛りもどうもおかしい。もしや異国人か」

「違います。江戸の未来である東京からきました。異国人ならこんなに日本語はうまくないはずです」

 祐樹ははらはらとして藍と男を交互に見比べる。

 端から見れば男は二人を見上げているのでどこか滑稽であったが、当の祐樹は腰にある刀にどきまぎしていた。

 ところが男は何か堪えていたものを吐きだすように、突如として馬鹿笑いを始める。

「はっはっはっ! なんぞ、おぬしらはただの頭の狂った人間やな! あの四条にいる変人の仲間か! そやつなら四条大橋の傍で診療所をやっとる」

 もう勝手にいけばよい、とどうやら彼らを異常者と思ったらしく役人は去っていく。

 祐樹はほっと胸をなでおろしていたが、藍はムッとして「なんかむかつく」と呟いていた。

 いずれにせよ、思わぬところで情報が得られた。またこんな目に合わないうちにさっさと目的地に向かおうと二人は小走りになった。


「恐らくここだ」

 役人のおかげか、あれから妙な緊張が解け、周りの人間に『四条大橋の近くにいる変人の診療所』を聞いて歩き回っていた。

 そしてついに辿り着くと、小さくぼろい建物だが人が列を成していた。

「すみません」

 二人は恐る恐る脇から入り中の様子を伺う。

 すると中には、二十代後半くらいの女性が黙々と診察していた。

「あの、貴女は未来から来た方ですか」

 祐樹は傍へ行き診察している女性に単刀直入に尋ねると、彼女の手が止まり祐樹に顔を向ける。

「……そこに座って待ってて。寝ててもいいから。あと二時間待って。はい、次の人」

 そう言って奥の畳の部屋を指差す。

 祐樹と藍は顔を見合わせて、こそこそと奥へ移動しようとする。その時すれ違い様に彼らに聞こえるようにその女性は呟いた。

「私は木之下チヨ子よ。未来から来たわ」


 二時間ほど経って、人もいなくなり診療所は閉まった。

 患者からおチヨさんと呼ばれているこの女性は、水場で手を洗うと二人にお茶を注いだ。

 だいたいの事情を聞いたチヨは口を開く。

「で、ここへきて、どうしようと思ったの?」

「単刀直入に言います。戻り方は知りませんか」

「知ってたら戻ってるわよ。とっくに」

 きっぱりと言いきった。

 チヨは未来では看護婦(現在の看護師)をしていたようだが、未来の医学の知識がある時点で江戸時代の医者と対等になれる。

 チヨの時代はまだ男女差別の強く残っている時代。女性が働く時代ではなく、家庭を守る時代だったが、そんな中で彼女は持ち前の負けん気でばりばりと仕事をこなしていたようだ。それ故なのか、さばさばとした口調である。

 二人はあからさまに落ち込みの表情をみせる。もう戻れる希望がないのかもしれない。

 そんな二人を見てか、チヨは口元に苦笑を浮かべてまた声をかける。

「全くないわけじゃないんだけどね」

「え?」

「あなた達と同じように私を尋ねてきた女性がいた。その人はいつだったかな……恐らく江戸時代からやってきた人で武士に切られて死ぬかもしれないというときに飛ばされたらしいのよね。そんな危ないときにわざわざ戻らなくてもって言ったんだけど『小さな子供がいる』ってきかなくてね。でも私も戻り方なんか知らない。落ち込んで帰っていったわ。でも、しばらくして患者としてまた来たの」

 そう話しながら藍の靴擦れに気づいたらしく、テキパキと動き、お酒を皿に注ぎ、清潔感のある綿をそこに浸す。

「でも彼女を見てすぐに無理だと思った。梅毒と呼ばれるものだったの。私は確かに未来からきて知識はこの時代の医者よりはあったけど、ペニシリンがないこの時代でどう対応したらいいかわからなかった。はい、少ししみるわよ」

 藍の靴擦れに酒の染み込んだ綿をあてる。酒はどうやらアルコール消毒の代わりのようだ。そして傷口に綿を軽く巻いて、消毒完了。

「入院……っていうのかな。とりあえずここに泊まってもらって診ていたんだけど、どんどん病態は悪化していったの。もうダメだと思って、あとはいかに死を見届けるかに力を尽くそうと思った」

「それで、その人は……」

 チヨは首を振った。

「本題はここから。虫の息だったある日、彼女は私の前から忽然と消えたの。歩けるほどの体力ももうなかったし、周りの人も誰も行方を知らないし、誰も彼女の姿を見てない」

 祐樹も藍も「えっ」と声をあげる。

「彼女は意識がほとんどなかったんだけど、時折何か呟いていると思ったら、以前まだ話ができるときに聞いたことがある単語だったの。それは、彼女の生まれた時代にいる人達の名前。恐らく、としかいえないんだけど、彼女は彼女の時代に戻ったのかもしれない。再び死にかけることによって、ね」

 藍はそんな、と小さく呟く。

 戻る方法が『死にかけること』だなんて。

 チヨはこの話はここまで、と言って句切をつけた。死を促すような発言故にあまり話したくなかったようだった。

 祐樹もさすがに、我が身を死に晒してまで戻りたいかと問われたらわからない。いや、寧ろ、ノーである。

「それより、大事なことを先に言っておくわ」

 そういって何やら奥の箪笥の引き出しから一枚の写真をとりだしてくる。

「これは、私が常に持ち歩いていた写真」

 写真を見せると、そこには小さな赤ん坊と写っている彼女の姿がある。

 だが、

「私の右腕を見て」

 見せられた写真の中の彼女の右腕は黒ずんでいた。

「これは……?」

「たった一時間でこうなったのよ。私が傷を治してはいけない人物に手を貸したから」

「治してはいけない人物?」

「患者のプライバシーは守らないといけないから誰とは言えないけど……歴史に影響を与える人物よ。そのせいで歴史を若干変えてしまったみたい」

 藍と祐樹はチヨに「この意味がわかる?」と尋ねられる。

「『歴史を変えるな』ってこと。でなければ、あなたたちだけでなくて、あなたたちの大切な人さえも失いかねないわよ」


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