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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
覚悟の日
34/43

覚悟の日 1

 祐樹が松本と共に京都に帰省した。しかし、一旦家に戻るとその雰囲気は以前とは全く違うものだった。チヨも藍も会話をせず、チヨ自身も診療所を休んでいた。

 藍が祐樹に現状を話すと、ますますその空気は悪くなる。憤りを感じる以前に、色々なことが祐樹の知らないところで起きていた事実に、彼は戸惑いを感じた。

 田中は、消えた。チヨが廁へ行ったそのたった数分の出来事だった。そして過去から送られてきた、田中の女房であった女性からの手紙も、また彼らの関係を悪化させていた。

 彼らは今どうしようもない真実を突きつけられている。

 チヨも以前のような覇気はなく、ただ二人に詫びを入れるだけだ。だが二人が待っているのは詫びの言葉ではなく、これからの指針だった。しかしそんなことを聞けるほど、互いに野暮ではない。チヨも、きっとどうしたら良いのか悩んでいるのだ。

「ご飯作るね」

チヨがそう言って昼食の支度を始める。

「あ、はい。ありがとう」

 藍と祐樹は二人揃ってそう答える。

 こんな関係が数日続いた。だが、それもたった数日だった。というのも、松本の京都への帰省を聞きつけたある男が、ついでにと、チヨの下を訪ねてきたのだ。それは、ここにいる三人の誰もがあの日以来関わらないようにしていた男――

「こんにちは……っと、お?」

 にこにこと笑顔を浮かべて男が家の扉を開けた。かと思いきや、祐樹を指さして、「ああ」と声を上げる。

「おんしを覚えとるきに。団子屋の店主の命を救っちょった男じゃろ? 世の中狭いもんじゃなあ。わしの恩人のチヨさんの息子さんじゃったとは」

 土佐弁で全く空気を読まずそう家に入るなり放ったのは、あの坂本龍馬だった。

「坂本さん!?」

「よう、チヨさん、お久しぶり」

 その存在に一番驚いたのは祐樹やましてや藍ではなく、坂本と会うなと言ったチヨ自身だった。

「チヨさん、どういうことですか?」

 祐樹は気まずそうにチヨに耳打ちする。

「……以前話したでしょう。治してはいけない人物を治したと……彼よ」

 チヨは右腕を押さえながら、坂本に聞こえないくらいの声でそう答える。二人は出会った当時を思い出し、チヨの写真のこともまた思い出す。赤ん坊を抱く、そのチヨの右腕が黒ずんでいたあの写真だ。

 坂本の後の歴史に与えた影響を考えれば、彼に関与するということはそういうことなのかもしれない。それらを思い出し、今の状況が好ましくないことであることを彼らは悟った。

「久々にチヨさんにお礼を言いたくなって寄ってみたんじゃきに。……ん? どうしたんぜよ? 皆してそんな険しい顔しちょって?」

 坂本は悪気なくそう言うと無邪気な子供のような笑みを浮かべた。

「坂本さん、この診療所にはあれほどもう来てはいけないと……」

 チヨは笑みを一切作りもせずにそう放つ。

「ああ、新選組の見回りの事は知っちゅうよ」

 本来は未来から来たなどこの男に言えるわけもないチヨが、坂本が自分に近寄らないようにするために作った口実だ。新選組は、幕府にとって重要人物となる坂本を探しているのだ。そして今や藍の友達が新選組ときている。口実が事実へと変わった今、長居はしてほしくないのはチヨの本音であった。

「ならどうして」

「恩人に顔出したくなるのは普通のことじゃき」

 坂本はしばしばどや顔をしていた。だが、彼らの今の状況でどうにもその相手をする余裕はないのだ。三人は突然訪ねてきたこの男にどうしたものかと顔を見合わせる。

「と、そこの女子はお初にお目にかかるき、チヨさんの娘さんかや?」

「藍です……はじめまして」

 藍はこの異様な状況にどうにも対応しきれず、至って通常通りに返事を返す。あまりに普通だったもので藍自身が自分に思わず笑ってしまいそうになった。

 挨拶もそこそこに坂本はずんずんと家の中に入ると、そのまま家の中の玄関口に腰を下ろしてしまう。

「暑くて敵わんのう」

「お茶でも持ってきますか?」

「お、気が効く女子じゃか」

 そう言って藍の申し出を笑って承諾する坂本にチヨと祐樹は肩を落とす。ここ京都では「お茶どうぞ」と言うと「帰ってくれ」の意味になることをこの男は知っていてやっていると分かったのだ。

 そんなことは露知らず、単に親切心から言った藍は奥へと消えていき、お茶の支度をする。

 一方で、何かを感じ取ったらしい坂本は、顎に手を添えて、考える仕草をする。

「そんなに迷惑じゃったか?」

「迷惑というか……」

 そう言われると返答に困るのは日本人の特徴だ。しかしながら、そんなこともわかっているであろう坂本はわざとそんなことを聞き、ここに居座る理由を作ろうとする。


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