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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
手紙の日
30/43

手紙の日 2

 村に到着した。恐らく昼時かその前後であろう。太陽も随分と高くなり、藍の額や頬を汗が伝う。彼女はそれを袖で拭いつつ、見覚えのある家に向かう。

 だがこの時、なんとなくの違和感を彼女は覚える。静かなのだ。以前も静かだったが、質が違う。この静けさは人のいない静けさなのだ。

嫌な予感がして小走りになる。まさかここまできて、と脳裏に最悪の事態が浮かぶ。

 しかしながら、最悪の事態は避けられた。田中三郎は家の中で横になっていた。

「あの、田中さん……」

 言いかけて藍はハッとする。田中の顔色が悪い。どうやら最悪の事態ではないものの、決して良い状況ではないようだ。

「大丈夫ですか、田中さん」

 藍は慌てて傍に駆け寄ると田中の肩を軽く叩く。男はうっすらと瞳を開ける。

「君か……」

「どうしたんですか。何があったんですか」

「流行り病だ……。村が死んだ……」

「そんな……!」

「もっと言うと皆消えたんだ」

 田中は本来は大きいでだろう口を小さく開け、蚊の鳴くような声でぼそぼそと呟いた。

「恐らくわしも消えるだろう……」

「それって……」

 藍はチヨと初めて会った日を思い出す。元の時代へ戻る方法が『死にかけること』。それが最初の日に知った『疑い』だった。それが『確信』になろうとしているのだろうか。

「チヨさんを呼んできます!」

「いや、いいんだ。それより、用事があったんじゃないのか……」

 田中は重い体を起こし、布団の上にだるそうに座り込んだ。

「でも今は……」

「いいから、要件を……」

「はい……これです。もう一人一緒にいた男性の方からの手紙です。これの御返事を欲しくて来ました……」

「……」

田中は手紙を受け取るとそれに目を通す。通しながら段々とその瞳が険しいものになり、最後には涙が浮かんでいた。

「チヨさんに、会えるのか」

「はい、でも、連れて来ます。田中さんはこんなにやつれてて……」

「そうして貰えると助かるんだ……いつ消えてもおかしくないからな……。安静にしてる方が安全だ……。手紙の返事は必要か」

「いえ、直接チヨさんと話してもらえればいいです。ですが、一報あると有難いのも事実です」

「では簡単に書かせてもらう。この村の状況とわしの今の状況を」

 男は重い体を引きずりながらも近場の机を無理矢理引き寄せると、墨と筆でさらさらと手紙を綴っていく。

 

拝啓 木之下チヨ子様 橋本祐樹様

恐らくチヨさん、貴女を訪ねた『別の時代から来た女性』は女房の可能性が大きいです。彼女は元の時代に残してきた子供の心配ばかりしていました。チヨさんの存在も知っていました。会いに行きたいと、ずっと申しておりました。彼女は元々江戸時代、過去から飛んできた者です。もし彼女が本当に元の時代に戻っていたとしたら、何らかの記録がこの幕末期にも残っている可能性があるのではないでしょうか。

そして私自身は死にかけています。異常な感覚があります。元の時代の人達の名前が走馬灯のように頭の中を駆け巡るのです。何の前兆なのだろうか見当もつきません。

私達の村は流行り病で全員死にかけていました。命の危ない者から一人ずつ消えていきました。遺体も確認できていません。

恐らく私もそうなるでしょう。消えたらどこにいくのでしょうか。元の戦時中へ戻るのでしょうか。答えを見つけてください。お願いします。女房の、痕跡を探してください。痕跡があれば、彼女は無事、元の時代へ戻ったとわかります。

敬具


 藍は綴った手紙を大事そうに受け取ると、懐へとしまいこむ。

「チヨさんを、呼んできます。それまではなんとか生きていてください。消えないでください」

「ははは……努力してみるか……」

 彼女はその返事を聞くと一目散に振り返りもせずにひたすら家に向かった。

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