最初の日 2
「ほう。では君らは地震が起きたらここへ?」
二人に一通りの話をきいて、何やらニヤニヤしながら、まだ四〇代くらいの、体のがっしりした男性は古めかしい箪笥を漁った。男の身長は高くはないが、威圧感がある。服装は薄汚れた甚平のようなもので、一昔前にトリップしたような気分だった。
服装だけでない。周りを見回せば『現代』の家にしては古すぎている。火は囲炉裏や釜戸。きしきしと軋む床。家具は全て色黒な木材で。それこそ地震が来たら崩れてしまいそうな家だ。近場には斧があり、二人は取って食われるのではと警戒せずにはいられなかった。
「どうやら君らはわしの知っている奴らとは少し違うようだ」
そう言って「あったあった」と言わんばかりに箪笥から女物と男物の着物を取り出す。
「背丈は合わないだろうが、今の服よりは目立たないだろう。これに着替えな」
女物は逃げた女房の物らしい。確かに一回り小さいように見える。男物は彼のお古だそうだ。
「君らのように背丈のある奴らはそういないからな、珍しいもんだ」
藍はどきりとした。
彼女は一六〇センチ。恐らく祐樹も一七〇前後。決して珍しい背丈ではない。むしろ普通である。一方、目の前の男は一六〇あるかないかくらい。
昔なら、自分の身長は高いらしい、という冗談を友達と言い合っていたことを思い出した。
「あの……」
彼女は意を決したように尋ねる。
「今日は何日で、ここはどこですか」
その質問に男は少しきょとんとして、にまりと笑うと
「日にちまではわからないが、一八六四年の梅雨前だよ。場所は京都」
と答えた。
「えっ」
その声をあげたのは藍ではなく、祐樹だった。
「そんなこと」
「あるわけない、か?」
祐樹が言いかけて、男が続くように放つ。
「だって、それじゃあ、まるで漫画だ」
先程の藍と同じようなことを彼は言った。
「説明したって信じられるものでもないだろう?」
男は口を大きく開けて笑う。確かに真実だとしても説明のしようもない。この時代の新聞でもあれば別なのかもしれないが、どう見てもこの家に新聞があるようには見えない。
「もし真実だとして……最近、外国人が大名行列を邪魔して殺された事件とかありました?」
「あー……あったような、ないような。何せここは都と関わりないからなぁ。情報がそうないんでね」
男は呟くようにしてそう放つ。そして「ちょっと失礼」とその場を立ち上がり、厠というものに行くと告げその場を去った。
藍は歴史に強くない。しかし今の会話でだいたいの把握はできた。
「橋本さん、日本史には詳しいんですか?」
「受験のときに選択していたよ。正直得意だった」
「まさかとは思うんですが今って……」
「江戸幕府だね、きっと。江戸時代末期。あの人が嘘を言ってなければだけど。本当だとしたら幕末に飛ばされたのかもしれない」
藍は自分の腕を抓ってみた。痛みはある。しかしまさかこんなことが起きるのだろうか。未だ信じ難いが、この異様な状況は、そう理解するのが一番のようにも感じる。
祐樹もこの状況に少なからず困惑しているようだ。男が戻ってくるまで、キョロキョロと回りを見回し、時々大きな深呼吸をし、立ったり座ったりを繰り返していた。
やっと男が厠から戻ってくる。「いやーすまんすまん」と笑って入ってきた男を確認すると、祐樹はぐっと拳を握り立ち上がった。
「私達は二〇××年の日本から来ました。今は江戸時代ですか」
彼は男に投げかける。自分達で議論するより聞いた方が早いと判断したのだ。
「江戸時代、まぁそうだろうな。やはりこの時代の人間じゃなかったんだな。君らも」
「君らも? 何故驚かないんですか?」
藍は疑いもせず馬鹿にもせず、淡々という男に尋ねた。
「驚くも何も、わしもこの村の連中も、別の時代から来た奴らばっかりだからな。わしはいわゆる大正時代――一九一五年から来た。世界大戦中に殺されたと思った瞬間、わしはこの村に飛ばされた。二〇〇〇年以降から来た奴は初めてだがね」
「まさかそんな話が……」
と、言いかけて藍はやめた。見ず知らずの男がこんなでたらめばかりな冗談を言うわけがない。これが友達同士であれば話は別であるが、彼女の目の前にいる祐樹も中年男性も先程まで見たこともない赤の他人だった。となると、そんなまさかを信じる方が理屈は通る。
まさか話を信じたくはない。だが、回りを見回し、この異常な光景にどうしても否定材料が見つからない。そう思ったのは藍だけではなく祐樹も同じだった。もはや彼らは信じるしか道がなかった。
「あの……もしそうだとして理由とか、戻り方とかって……」
「そんなのわしが知るわけないだろう」
男は豪快に笑ってみせた。