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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
転機の日
27/43

転機の日 3

 返答に困っている彼を見て、松本はまるで悪戯っ子の悪ガキのような笑みを浮かべ言葉を続ける。

「俺でさえ知らない治療法を、チヨさんは知っていることが多いんだ。京都では隠れた名医とさえ言われている。そんな名医とやらに一度お目にかかってみてえと思って尋ねたら『俺の医療は本当に最新なのか』と考えてしまったのさ。で、どこで学んだのか詳しく聞いてみたらどうも辻褄つじつまが合わねえ。まさかとは思ったが、俺は存外に勘が良い方でね……」

 そこまで言って松本は再び歩き出す。

「どこまで、知っているんですか?」

 歩き出した松本に追いつくと観念したとばかりにやっと祐樹は口を開いた。彼はどこまで話していいのかを探る必要があると感じていた。だがそんな彼の思惑も松本にはわかるらしく「さあね、どこまでだと思う?」と大口をあけて笑う。

祐樹は思わずため息をつく。色々とこの駆け引きが無意味なものだと悟ったのだ。

「松本先生、私は先生のお父さんが作った学校に通っていました。約一五〇年後の未来の学校です」

「おう、やっぱりそうか。だから俺の親父の名前に反応したんだな」

「……他にももっと気になることがあると思うんですが……。先生が気になるのはそこなんですか」

「ああ、俺は真実が知りたかっただけだからな。ずっと嘘つかれてちゃこっちまで気を遣うだろ。なあに、チヨさんのこともお前のことも実はそんなに知らないさ。未来から来たってこと以外はな」

 一部は張ったりだったと、松本は告げる。

 祐樹は必死にこの男の思考を考えようとするも、本能的に敵う気がしないと感じてそれ以上は何も言わなかった。

「さて、おしゃべりしてる間についたぞ」

 祐樹が顔を上げると小さな少しみすぼらしい家が目の前に立っていた。


 どうしてこんなことに、と祐樹は手に汗を握りながら松本の手先を見ていた。見たこともないような血が床に広がり浸みこんでいく。そのあまりの現状に彼は目を一度ぎゅっと瞑ると軽く頭を振る。彼の手にしていた金具が揺れ、松本の怒声が響く。

「おい! 何してる! しっかり持て!」

「すみません!」

 祐樹は震えそうになる腕を必死に堪え、目に額からの汗が入っても身動きできずに、金具を握り続けた。彼の手にしている金具は女性の開いたお腹を引っかけ引っ張っている。その中を松本が手をいれ、たこ糸で血管を縛って止血していく。

「いいか。ここからが勝負だ。膜を切るぞ」

 松本もいつにない表情でそう言った。

 女性の腹の中にあった薄い膜に刃を通す。と、その瞬間に羊水が辺り一面にこぼれ出た。松本は腹に左腕を突っ込み、右腕で女性の腹を押し出すように圧迫する。そして彼の左手には二本の小さな足と思われるものが握られている。

「おい、手伝え! 腹を押せ! 俺が赤ん坊を取り出す!」

 祐樹はもう何も言わずにその指示にがむしゃらに従う。松本の右手の代わりに彼の手を添えると、松本は右手も女性の腹に潜り込ませた。かけ声と共に二人の息が揃うと、押し出し、引っ張り出す動作でするりと赤ん坊が出てくる。へその緒を結び切ると、まだ泣きださない赤ん坊を傍にいた助産婦に預けた。

「任せた」

「あいよ」

 助産婦は赤ん坊の口の中のものを掻きだすと背中を刺激する。何度か背中をこすっているとぴくりと手が動いた。

「フン……フンギャー、オギャァー!」 

赤ん坊は覚醒したように大声を上げて泣き出し、青白かった体がみるみる赤くなって血色が良くなった。腕と足をばたつかせ、この時代に一つの命が誕生する。

 しかし祐樹はその感動に浸る余裕もなかった。まだ目の前の女性の腹は開いたままで、血も止まってはいないのだ。女性は例の全身麻酔薬で眠っているも、青白い顔をしている。決して良い状態ではない。ここには『現代(平成時代)』の道具は殆ど無いに等しいのだ。輸液も輸血もできなければ、止血のための電気メスもない。そして何より彼自身に知識も技術も経験もない。

「感動は後だ。おめェはここを結べ。俺はこっちだ」

 この時代、アナログに止血していくしか方法はない。まだ何も結び方を知らない彼は、とにもかくにも必死になってかた結びをする。

そんな作業がしばらく続き、やっと目に見える出血も殆ど無くなり、松本はその腹を閉じる作業に入る。

彼に祐樹はもういいから休め、と言って初めて彼は目の前の状況をやっと冷静に見ることができた。


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