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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
一人の日
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一人の日 5

 重い沈黙がずっと続いていた。何か根掘り葉掘り聞かれるかと思っていた藍は、それだけに、ただ黙って前だけを見据え、早足で先を歩くこの男の思考がよくわからないで困惑する。

 斜め後ろからたまに顔を眺めるが、やはり整っている。藍と祐樹があの池田屋事件で見た顔で間違いない。

 誰の血液かわからぬものが浅黄色のだんだらに染みていた。幾人もの人間を殺した後に胸を張り帰っていく新選組の姿を藍はぼんやりと思い出す。

「池田屋」

 だが不意を突いたように土方は口を開いた。

「えっ……」

「池田屋から帰るときいたよな?」

「あ、うん。見てました」

「何故原田に近づく?」

「は?」

 思わず漏れた阿呆な声に藍は一瞬口を結び、眉間にシワをよせて脳をフル回転させ質問を理解しようとする。

「近づく?」

 それでも理解できなかったため、藍は質問を返す。

 原田とはまだ三度しか会っていない。彼が浪人を切り付けて彼女を助けた時、その後の訪問、そして数ヶ月ぶりに鉢合わせた今日だ。人斬りの武士に自分から近づこうなんてましてや危険な目に会った彼女が考えるはずもない。

「あいつが『友達を送ってくれ』と言っていたぞ」

「友達になったのはついさっきです」

 藍は何か因縁を付けられた気持ちになり、ムキになって答える。だがしかしそれが土方には怪しく感じたのか、更に質問を繰り返す。

「君は我々から何か情報が欲しいのか」

 藍には直感的に土方が何を言いたいのかこの一言でわかった。近づくな、と言いたいのだろう。そして今情報を聞き出すスパイのような危険人物だとマークされている。意図が理解できた上で藍も思考を巡らす。彼女は元々成績こそそこまで良いとは言えないが、こういった他人の意図を理解し、その後どうするかを考える力が充分にあった。

「情報……そうですね。じゃあ原田さんの情報をください」

 彼女はわざとにこりと笑って見せる。思いがけない返事に土方も歩みを止め、彼女自身も足を止めた。

「私はまだ彼のことを殆ど知りません。友達にはなったものの、今後どうやってその友達を維持していけばいいのか考える材料を下さい。私には彼しか友達がまだいないんです」

 藍自身、少々自分の言っていることに内心驚いていた。自分はここまで自分を表現する人間だったのだろうか、と疑問さえ浮かんでいた。チヨの傍にいて感化されたのか、それとも元から強かだったのか。そんなことを一瞬思いつつも、藍は本心を語る。

 それを聞いて土方は腕を組む。何やら考えているようだ。

「ふん、そういうことか」

「は?」

 土方はにやりと笑みを浮かべる。藍は何か嫌な予感がしていた。自分の本心とは違う捕らえられ方をされたように感じたのだ。

「人の恋路にいちゃもんつけるなってことだな」

(やっぱり……)

 先程、原田から聞いていた隊内でモテる男に挙げていた名前、まさに今目の前の男がそうだ。つまり女心をそれだけ理解しているということなのだろうが、逆を返せば男と女はそういう関係だという頭があるのかもしれない。このことだけ考えると策士と呼ばれたこの男の意外にも単純な思考に、「馬鹿じゃない」とツッコミたくなる気持ちを藍は必死に抑えた。

「恋ではなく友達なんですが……」

「そのうち恋になる。そんなものだ」

 藍は心の中で大きなため息を吐いた。

(もういいや、めんどくさいからこの話はやめよう)

 そんなことを思う彼女の横で、くくくと楽しそうに笑いをこらえる端正な顔立ちの男を横目に、藍は早く家に着かないかなとただただそれだけを思うのだった。

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