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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
一人の日
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一人の日 2

 藍はなんだか悔しくなっていた。

 家族も友達もいない。祐樹は大阪だし、唯一の知人のチヨも忙しくてまともにしゃべるのは夕方以降。新しい友達を作る勇気もない。自分一人では何も出来ない。歴史もわからない未来でも現代でもやりたいことがない。よく知りもしない男に馬鹿にされる。

 そんな自分が悔しくなっていた。

「なぁ、頼むから泣くなよ」

「泣きません」

「泣きそうじゃないか」

「まだ泣いてません」

 そういう彼女の目には言われれば言われるほど涙が貯まっていく。瞬きをすればいつ頬に流れ落ちてもおかしくないくらいまでどんどん貯まる。思考は冷静なはずが感情だけが勝手に高まっていく。淋しい、悲しい、悔しい。その事を一瞬でも感じたら滴は淵から流れ落ちるだろう。

 原田は肝心の台詞が喉から出てこなくて焦った。まだ彼も二四歳と若い青年である。素直に謝ることができないのだ。 

「だからさ、ほんの冗談なんだって。信じてないって言っただろ。だからあんたに本当に友達いないとか思わなくて」

 そこまで言って原田はしまったと小さな声で呟いた。

 既に彼女の瞳には収まりきらない滴が流れ落ちていて、今の言葉が一七歳の少女の胸を突き破った。藍は嗚咽を漏らしながら袖で涙と鼻水を啜りはじめる。感情が自分自身でコントロールできない一方で、周りの視線が気になったのか路地裏へとかけていく。声を抑えるのだけで必死だ。

 原田もさすがにまずいと感じた。彼女を追いかけると、人の見えない所でうずくまって声を殺して泣いている背中を見つけた。

「なぁ、その、悪かったよ。そんなに傷つくとは思わなかったんだ」

彼は泣かせてからやっと出てきた台詞に自身でも呆れながら目線を泳がせ、頭の中ではどうしたもんかと右往左往する。

彼自身まさか彼女に友達がいないとは思いもしなかった。一度しか会っていないが、その時の印象としては『若干外見は変わってはいるが、中身は至って普通の女子』というものだったからだ。当然未来から来たことも彼の言う通り真に受けてはおらず、話のネタだとしか考えてなかった。

 しかしたったあれだけの事でこれだけ泣いてるとなると尋常じゃない。本当に友達がいないとしか考えられない。友達が一人もいない女子など『普通』ではない。 そんな女と未だかつて関わったことがない原田には藍とのやりとりは難題だった。彼は結局なんの得策も浮かばず数分間そこに立ちすくんでいた。

「まだ、泣くか?」

 藍が落ち着いてきた頃にやっと原田はつっけんどんに口を開いた。こういうのは苦手なのだ。

「……ほっといてください」

「あのな……確かに俺が悪いけどよ、駄目なんだ。こういうのはよ。得意じゃないし、まともに励ますこともできない。あんたがほっといていいって言うなら、俺は本当に放置するぞ」

「勝手にしてください」

 一度閉じた女心は固く、藍はときどき嗚咽を漏らしながら顔も上げずに返事をする。その態度に一瞬原田の眉間にシワがより、「じゃあ勝手に泣いてろ」と彼女に背を向けそこを去っていった。

 藍は原田の気配がなくなるのを感じると、ふっと気が緩み再び肩を揺らして泣き始める。それは原田のせいではない。むしろ原田がいて出せなかった感情を涙に託していた。

 藍はこの時代に来てから何故か全く泣けなかった。怖い思いをした時でさえ何かが彼女の感情に歯止めをかけていた。もやもやとしたものをずっと胸にしまい込んでいた。今回の件は単なる引き金にすぎなかったのだ。ずっとずっと表に出せないでいる想いがあった。

 自分が未来では死んでいるのではないかという不安。

 もう二度と家族や友達に会えないのではないかという不安。

 この時代でやっていく不安。

 いつ本当に死ぬかわからない不安――

 今の藍に未来への希望なんてものはなかった。幕末に来てからもずっと手探りで歩んできている。祐樹ほど楽しむ余裕もない。祐樹やチヨといても感じていた孤独感はこの時代を心から楽しむ余裕がないことからきていた。『未来』にいる以上にわからない先行きに、不安という単語しか見当たらない。

「帰りたいよ……お父さん、お母さん……」

 真っ先に浮かぶのは父親と母親の顔だった。

 彼女は時々反発したりはしていたが、嫌いではなかった。時折家族で出かける外食が密かな楽しみだった。小さい頃の旅行の記憶が頭の中を巡った。

 どうしてこんなことになったのだろうと考えても答えが出るわけもなかった。

 藍はごちゃまぜになった感情を涙にぶつけ、しばらく泣き続けた。


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