最初の日 1
漫画『仁~JIN~』をリスペクトしていますが、話は全くの別物です。ご了承下さい。
いったいここはどこだろうか。
藍はぼんやりした頭で天を見上げ、体を起こした。
つい先程地震が起きた。恐らく震度四くらいではないだろうか。大きく横に揺れて、廊下にいた藍は驚き、すぐさま部屋の机に潜ろうと慌てて部屋に駆けこんだ。だが、部屋に入った瞬間、カラーボックスを積んだだけの不安定な本棚が倒れてきたのだ。地震対策しておけば良かったなんて後の祭りだと思いながらも、身体中に鈍い痛みを感じ、そこで記憶は途切れた。
目が覚めた今、本来なら部屋か、病院のベッドの上なのだろうが、藍の頭上にあるのは雲一つない青空。彼女は一体自分はどうしたのだろうと、まだはっきりしない頭を必死に回転させ周りを見回す。たんぼが辺り一面に広がりを見せ、木造の小さな家がぽつんぽつんと建っている。木々は青々としげり、少し遠くに見える山からは鳥が飛び立っていった。
まさに『田舎』という言葉が似合っている。
(そうだ、携帯)
ぼんやりした思考の中、ふとポケットにある、便利な存在を思い出す。彼女はその通信機を取り出して、画面を覗いた。
が、しかし、彼女は一瞬顔をしかめ、それを閉じる。『圏外』とたったそれだけの言葉が彼女を酷く落胆させた。
「ここはどこ?」
藍は立ち上がり、行く宛てもなくただフラフラと歩き回り始めた。
しばらく歩き続けると、彼女のぼやけていた脳が刺激され徐々に覚醒していく。髪をわずかに撫でる風。肌にへばりつく湿り気。柔らかさの中にも刺すようなじりじりとした光を放つ太陽。頭上ではピーヒョロロと鳴く鳶の声。木々や草花の放つ香り。夢にしてはリアルすぎる。
彼女は立ち止まった。これは、夢じゃないと、そう感じた。身体中に緊張が走りだし、心臓の脈打ちも段々と早くなっていく。冷静に、冷静に、と思うが、やはりそう簡単に落ち着けるような事態ではない。
よく漫画やドラマではありきたりの展開だ。何かの拍子に自分の知らない時代や異次元に飛ばされる。そんなまさかと自らを笑いつつも、あまり否定できないこの状況に一抹の不安が過ぎる。
とにかく今は自分が置かれた状況を理解しなければ、と彼女は逸る気持ちを抑えながら、一番近い民家を目指すことにした。一番近いといえど、絵に描いたようなど田舎である。しばらく歩くことを強いられそうだ。
彼女が倒れていた場所は木陰となっていた小高い丘で、たんぼ広場はこの丘を下りた所にある。林とまでは行かないが、行く先々の木々は都会育ちの彼女の行く手を容易に邪魔する。よく考えて歩かなければ、道がなくなるだろう。まずはたんぼが広がる平地へ出なければならない。
彼女はうろうろとして、やっと人の通るような小道に出た。
だが彼女は一瞬びくりとして体を強張らせる。目と鼻の先に若い男が倒れていたのだ。見たところでは、藍より少し年上のようにみえる。明るめの短髪、少し日に焼けた肌、ポロシャツに短パンを履いている。
彼女は遠巻きに様子を伺う。血は出てない。ごくりと唾を飲み込むとじわりじわりと近づいて声をかける。
「あの……生きてますか?」
声をかけても応答がない。さぁっと血の気が引いた。
しかし声を張り上げてもこんなところに人が来るとも限らないし、このままほっとくわけにもいかない。
恐る恐る近づいて、指先でわずかに触れながらもう一度だけ声をかける。
「大丈夫――」
言いかけた矢先に、彼女は腰を抜かした。「うっ」という言葉とともにむくりとその体が動いたのだ。
「うわー……クラクラする」
そう彼は呟いたあと頭をぶんぶんと振って周りを見回す。ここはどこだと先程の藍と同じ反応をした。目を細め、一旦空を見上げ、そしてくるりと首を藍の方に向けた。
男は人がいるとは思っていなかったようで、突然視界に入った彼女の姿に一瞬びくりと体を揺らして、声を詰まらせてしまう。
「こ、こんにちは」藍はしどろもどろして放つ。
「あ、こんにちは」男もぎくしゃくとして、挨拶を返した。
藍、本名は佳川藍。一七歳で、都内の都立高校の二年生。一般家庭で両親と二つ下の妹が一人いる。
男の名は橋本祐樹。十九歳で、都内の私立大学一年生。専攻は医学部。今年から一人暮らしを始めたばかりで、部屋で爆睡していたときに、まだ開けていない段ボールが地震の際に頭上に落ちてきたらしい。気付けばあそこに倒れていたそうだ。
藍は、自分も同じようなことが起きたことを説明する。目覚めて、この田舎に飛ばされていたことも話すと「周りには何もなかった」と首を項垂れる(うなだれる)。
「とりあえず状況把握かな、と思ってあそこの民家に行こうかと」
藍は指を指して向かう先を示した。祐樹は頷いて同意する。
しかし、「わしの家に何か用かね」と、突然背後から聞こえてきた声に二人はびくりとした。