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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
秘密の日
16/43

秘密の日 5

 でも二人での話は、四条に住んでいるし三条の池田屋まではそれなりに距離があるため『眠っている間に事は終わっていそうだ』という結論だったのだ。祐樹に関して言えばなんだかそれはそれで損した気分らしい。歴史に残る事件を眠っていて知らないとは、と。藍は、その発言もわからなくはないがと心の中では同意していた。

 けれどたまたま三条でご馳走を食べているときに、まさかのこのタイミングで、池田屋の名前を聞くとは藍にも予想はできなかった。

 前言撤回である。今は多分、祐樹も損した気分というあの台詞を撤回するだろう。

 所詮未来から来た人間なのだ。二人にとっては新選組が行うことは殺人以外の何物でもない。殺人に加担したいとは思えないのだ。

 だがもしこれで教えなければ、本当にこの京の都が炎に包まれる可能性もゼロではないのだ。なぜなら、藍の頭の中である仮説が浮かんでいたからだ。

(もしかしたら、私達が池田屋だと伝えることで池田屋事件が起きていたとしたら、ここで池田屋だと言わないと逆に歴史を変えることになるんじゃないのかな……)

 つまり、未来の藍達がいた世界には歴史があった。その歴史の中に池田屋事件があった。

だが、もしかしたら、歴史には綴られていないところで、『誰かが池田屋だ』と新選組に情報を教えていて、結果池田屋事件が起きたのではないか、と彼女は考えていた。

その『誰か』が、もしも自分達だとしたら?

もしも自分達が伝えていたら何と新選組に言うだろうか?

「『新選組が走り回ってやっと池田屋で浪人達を見つけた』という建前にしてほしい。私達のことは一切秘密にしてほしい」と言うだろう。

 そうすれば藍達のことは歴史には残らないのだ。藍はそんな仮説を立てていた。

 そしてこの仮説に似たような話を以前、一度だけ祐樹に話してみたことがある。驚いたことに、彼も同じようなことを考えていたという。

 その時の例えは池田屋ではなかったが、頭のいい彼のことだ。この状況にも当て嵌まることくらいはわかるだろう。あとは彼が今この状況であの話を覚えているかどうかだ。

 藍は祐樹の方をチラリと見た。

 と、同時に祐樹の口が動いた。

「もしも私達が未来からの人間だとして一意見を言ったとする。それでそこがもしも当たってしまったら、新選組は私達のことを間者として疑う。それがないと言えますか」

「もしもそうだとしたら、あんたらのことは一切局長や副長……もちろん他の幹部には伝えねぇよ。俺の独断で選んだって伝える」

「原田さんにもですか」

「いや、難しいなそりゃ……あいつには言っちまうかもなぁ。なんてたって、いざというときはあんたらに聞けと言ってきたのは原田なんだ。正直、俺は信じてるわけじゃねぇしな。だけど今は時間もない。藁にもすがる気持ちなんだ。どんな些細な情報でもないよかマシってもんだ」

 祐樹は口をつぐんだ。次の言葉を探しているようだった。

 二人のやり取りをみていた藍は確信した。祐樹は覚えている。

「永倉さん。もしもはずれていたとしても私達を捕縛したり殺したりはしませんか」

 藍が声を放った。

 祐樹が藍の方をチラリと見た。彼の目はハラハラとしていて、口をきゅっと結んでいる。

「そんなことするもんか。当たる方が不思議なくらいなんだからな」

「本当ですか」

「おいおい、武士に二言はないぜ」

 藍は、一瞬息をごくりと飲み込んだ。

「私達がこれから発言することは原田さんと永倉さんだけが知りうることで、他には絶対に漏らさないで下さい。極秘です。そして全ての手柄は新選組のものにして下さい。条件です」

「それは願ったりかなったりだな」

永倉がにやりと笑う。

藍は祐樹に目を配らせた。祐樹は一度頷いて口を開く。

「永倉さんが考えてる『池田屋』へ行ってみてください。ただし保証はありません」

 歴史に、たった今二人は介入した。未来を変えてしまうかもしれない賭けに出た。

 永倉はにんまり笑うと頭を軽く下げる。それから颯爽とダンダラを翻してその場を去っていった。

 二人は自分達の心臓の音が異様な程聞こえてくるのがわかった。

 これからどうなるのか、全く検討もつかない。

 藍は数回深呼吸をして、祐樹はしばらく外でぼんやりとしてから店内へ戻った。店内はすっかりお開きムード。チヨの視線を感じた二人は俯きがちにお茶や残り物に手を伸ばし、藍が「そろそろ帰りませんか」と呟いた。

 そこで福沢とは別れ、チヨと共に二人は帰路についた。


 そして彼らが四条につく頃――

 池田屋では近藤勇率いる部隊が押し入った。

「御用改めでござる! 手向かい致せば、容赦なく切り捨てる!」

 局長のこれを合図に、その夜、池田屋は血の海となるのだった―――


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