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拝啓 自分様  作者: 荒川 晶
二人の日
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二人の日 5

「そっかぁ。俺の名前がそんなところまで……」

 その台詞を聞き祐樹は「ん?」としかめ面になり後ろを振り返る。ニヤニヤしていた男は、さらに顔を緩ませ天を見ている。

 誰も彼の名前は言っていない。新選組と言っただけだ。

「そっかそっか」

 満足そうに男はお茶を啜る。

 もしかして、いや、もしかしなくても、心配いらないのじゃないか、これは。

「祐樹」

そのやり取りをただ眠たそうに見ていた藍がやっと口を開く。眠気が覚めてきたようだ。

「彼は新選組隊士の原田左之助さん。今日助けてもらったの」

「助けてもらう?」

 藍は今日起きたことを淡々と話した。

 突然後ろから笛のような音がしたかと思えば、男に首根っこを掴まれ人質になったこと。原田が男の腕を斬ったこと。男の血を浴び体調を崩して寝込んだこと。その時の詫びと男についての情報を何か知らないかと、原田が尋ねてきたこと。そして、あいにく何も知らないことを告げたところだということ。

「あの笛の音は逃げた男を捕まえるために、仲間を呼ぶもんだったんだが……逆上されてな。巻き込んじまって悪いとよく考えたら思ったんだ。あん時ぁ、捕縛で頭いっぱいだったから詫びも入れ忘れたし、それどころか偉そうに一言説教までしちまったしな。情報聞くついでだからあの辺りにいた奴らに居場所聞いて来たのさ」

 そう原田は言って頭をぼりぼりと掻いた。髷はあるものの武士らしくないボサボサとした頭をしている。

 そこに、ちょうど話に区切りがついた辺りで襖が開いた。チヨだ。

「遅くなってごめんなさいね。お湯を沸かしなおしてたわ。あら、零したの?」

「あ、すみません……」

「いいわよ。気にしないから。余分にお茶持ってきたし」

 チヨは急須を手にして新たに注ぐと藍と祐樹に渡し、そして自分の湯呑み茶碗にも注いだ。

湯呑みを手にして、藍と原田の間の脇にチヨが、反対側に祐樹が腰を据える。

「もう話しはついたのかしら」

「ああ。もう大分終わったな」

「なら、よかったわ」

「ああ、でもあともう一つ」

 原田はニコニコしながら口を開いた。

「お前ら、この時代の人間じゃないって噂があるらしいそうだな」

「……!」

「俺はたいてい馬鹿だけど、そんな噂をすぐ信じちまうほど馬鹿ではないつもりなんだ。ただ、俺達の副長命令でな。それが嘘か真か調べてこいって御達示だ」

 藍と祐樹は息を飲んで、チヨを見た。

 チヨは背筋を伸ばし、きちんと正座をして原田の目を見ている。

「答える前に聞くわ。もし真であるとしたらどうするつもりなのかしら」

「さぁな。副長のことだから、取っ捕まえて色々聞き出したりしてな」

 原田はケラケラと笑う。

 祐樹はおろか、歴史に疎い藍でさえも、江戸時代が終わったことくらいは知っている。新選組が徳川将軍側の組織だということも、藍は祐樹から聞いていた。

 もし新選組に未来の情報を与えたら、江戸時代が続いてしまうかもしれない。そうすればとんでもないことになる。そう彼らは悟った。

「そう。取っ捕まえるの」

 チヨは表情を変えずにそれだけ呟く。

「で、どうなんだ? あんたらはこの時代のもんなのか」

「例え私が先の時代から来たとしても、その時代が変わるような情報を与えるなんてヘマはしないわよ」

 チヨはニヤリと笑った。

 それを聞いた原田は一瞬きょとんとするが、しばらくして大笑いし始め、おもむろに立ち上がる。

「あんたのような肝が座った女はそうそう京にはいねぇな。わかったよ。副長にはイイ女はいたが先の世界から来た奴はいねぇって伝えとく」

 原田は横に置いていた刀を手にとると脇に差し、部屋から出ていこうと襖に手をかける。

「あぁ、そうそう。あんた頭いいみたいだから言っとくけど、先の時代からなんて俺は一言も言ってないからな。副長に言われた通り『この時代の奴じゃない』とだけ言えって言われたんだがな」

「……!」

「まぁ俺は未来なんか聞きたくねぇからいいし、信じてないからいいんだけどよ。他の奴らだったらどうなってたかなんてわかんないぜ。気をつけな。あと茶ぁ美味かったぜ」

 それだけ言うと原田は手の平をひらひらとして、そこから颯爽と去っていった。寛大なのか、適当なのか。あの原田という男、やはりただ者ではなさそうだ。

 今更になってチヨが冷や汗をかいているのが、藍と祐樹にはわかった。

「借りを作りましたね」

「そうね」

 チヨはお茶を一口飲んで、ほうと息を吐いたのだった。


 しばらくして落ち着いた頃、祐樹も坂本龍馬らしき男と接触したことを話した。

 本や教科書で知るような、絵にかいたようなできた男であったと、やや興奮気味に祐樹は語った。凄く人間くさく、気さくで、今まで会ったことがないようなタイプの人間であり、自分の周りにいるプライドだけ高い人間とは全く違う、興味惹かれる人間だった。

 それだけ熱をもって語ったが、しばらくして我に帰ると、祐樹は言った。

「彼とだけはもう会ったらいけない気がする」

 眉間にシワをよせ、俯く。

「そうね。坂本龍馬が日本に与えた影響は大きすぎる」

「私も少しなら知ってる。詳しくはあんまり知らないけど……。お父さんが大好きで、どれだけ凄い人なのかっていうのは聞いたことある」

 平成において、日本人の好きな歴史人物を挙げると必ずと言っていいほど坂本龍馬が上位に くる。彼と対抗する上位者は織田信長くらいだ。それくらい名の知れた人物である。

一八六七年、徳川は政権を帝に返した。所謂、大政奉還である。これにより教科書においては、江戸幕府はほぼ終わりとしている。その裏で動いていたのが坂本龍馬なのだ。

 そして犬猿の仲である薩摩と長州に手を組ませたのも坂本である。これは薩長同盟と呼ばれ、幕府が崩壊する一番の理由と言えるかもしれない歴史的瞬間である。この薩摩と長州に幕府は倒されるのだ。

 しかし坂本は反幕派ではない。幕府を倒すことに重点を置いていたのではないのだ。人々が各々の藩の発達を望んでいた時代に、坂本は日本という国の発達を望んでいた。徳川にも、政治には参加してもらおうと考えていたと言われている。

 彼は仲介的な立場にいて、そういう意味では、反幕府派にも、幕府派にも、恨まれる存在であったのだ。

 人柄もよく、そんな先見をもった男であるからこそ、後の龍馬ファンを多く輩出したのだ。

 そのため一層に、未来から来た彼らにとっては、接してはいけない人物なのであった。日本を大きく変えてしまうかもしれない。自分や大切な人達が存在しなかったことになり消えてしまうかもしれない。色々なことが考え得るのだ。

「残念だけど、今後見かけたら全力で知らないふりしてその場から去りなさい」

 チヨはそれだけ言ってその場を去った。


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