初心者喰の森
昨日よりもざわざわと騒がしい街を抜けて南の森へ向かう。
やはり、魔獣による被害の増加が深刻なようだ。
騎士団や大物パーティーが出動して回っているらしいからすぐに収まるとは思うが。
南の森は東や西とは違って街から少し離れたところにある。
現れる魔獣も、南の方が強い。
ランクでいえば南はだいたいC以上なのに対し、東や西はD以下である。
なぜこのような差ができるのかはよく分かっていないが、南の森は魔素という魔獣の好む空気のようなものが多く出ているらしい。
それを嗅ぎつけた大物がそこに集まっているという噂だ。
冒険者にとっては都合のいい話だ。
強さごとに場所が分かれているんだからな。
不意打ちを食らうことも少ない。
自分の強さを勘違いしなければ、だが。
南の森には、普通に歩いて行けば三時間くらいはかかってしまうだろう。
あくまで、普通にだが。
強化魔法を使えば三十分、使わなくても走れば一時間で行けるはずだ。
いろいろ考えてはみたが、オーガに体力を残すために歩いて行くのが一番いいという結論になった。
相手がオーガだけになるとは限らないしな。
ついでだから途中で遭遇した魔獣も倒していくことにしよう。
ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー
歩き始めて二時間ほど経った。
森までは草原くらいしかないし、魔獣もまったく出てこない。
聞こえる音といえば、鳥のさえずりくらいである。
陽射しは暖かく、風もそよ風のような強さである。
正直言って穏やかすぎて眠くなってくる。
あまりに暇だったため、もうここからなら強化魔法を使っても大丈夫なのではないか、と何度も思いながらその衝動をこらえてきた。
だが、強化魔法は本来戦闘時間にだけ使うもので、常に使うものではない。
魔力の消費がばかにならないのだ。
走っている時にずっと使えば、俺でも一時間はもたない。
一応今から行くのは南の森である。
昨日の東の森とは一味も二味も違う魔獣が出てくる。
ある程度の不足の事態を想定して、十分な魔力を残しておくのが正攻法だろう。
移動時間がこんなに暇ならパーティー組んでもいいかもしれないな。
そんなことを考えながら、残りの一時間を歩くと、南の森が見えてきた。
今更だが、南の森の通称は初心者喰の森というらしい。
というのも、東や西の森で調子に乗った半人前の冒険者たちが入っては帰って来れなくなることが多いらしい。
俺から見ればそいつらはただの馬鹿だが、自分たちが強いと考えてしまう奴等は多いらしいな。
命を捨ててるようにしか思えない行動に何の意味があるのか……。
初心者喰の森は、明らかに今までの森とは違う。
陽射しを覆い隠すほどうっそうと繁った木々や、独特の怪しい雰囲気。
まるで禍々しさを体現したような森だ。
臆病なやつなら入るだけで嫌な顔をするに違いない。
さっきから時折見かける獣道の大きさもなかなか大きい。
東や西の森ではまず見かけない大きさだ。
しかもそれが一つではなく、たくさんあるのだ。
やっぱりオーガとか、それ以上の魔獣もたくさんいるんだろうな。
森に入ってしばらくは淡々と歩いていたが、魔獣の気配すら感じないので獣道を歩くことにした。
あまりに気配がないことに少し違和感を感じる。
なんせあれだけギルドで依頼が増えていたのだ。
魔獣もすぐに見つかるはずである。
本格的に森に異変が起こっていると考えるべきかもしれない。
それでも獣道を通ればさすがに見つかるだろう。
何と言っても魔獣の通った後だからな。
そう思った俺はその後、いくつかの道を通ってはみたが、やはり魔獣に出会うことはなかった。
そして、何本目かの獣道を通っている時、森の奥から悲鳴が聞こえた。
その声はか細く消えそうな女の声で、命の危機に陥っていることを知らせるには十分だった。
声のしたであろう場所は、歩いて行くとなると少し離れている。
おおよそ十五分くらいか。
悠長に歩いていては間に合わないかもしれない。
そう判断した俺は、瞬時に強化魔法を使い、声のした方向へ走り出した。