次は東
身体強化の魔法を使うと、行きは一時間かかった道のりがたったの十分で終わった。
そんなことなら行きでも魔法使っておけばよかった。
ただ、身体強化の魔法は長時間使い続けると魔力の消費量が大きい。
いくら修行のためとはいえ、もしもの時に対応できないぐらいまで魔力を使うのはよくないのだ。
やっぱりこれでよかったのかもしれない。
グレイウルフの強さも分からなかったしな。
そんなことを考えながら俺はディールムの北門をくぐった。
門を通り抜けようとすると、行きの時にも絡んできた衛兵がニヤニヤしながらこっちに近づいてくる。
また何かしてくるつもりなのだろうか。
さっき一発殴ってやったはずなのに懲りないやつだ。
「よぉよぉ、そこの坊ちゃんよぉ。さっきは威勢よく出て行ったくせにもう帰ってきたのかい?」「草原がそんなに怖いならさっさと帰ってママの乳でも吸ってな」
「「ヒャッヒャッヒャッ」」
何だよ。さっきより一人増えてるぞ。
それに二人になったことでさらに態度がでかかくなってる。
たった一人増えただけなのに、何が変わると思ってるんだ?
その強さならどれだけいても全然恐くない。
「邪魔だ。どけ」
「おいおい……。草原から逃げ帰るような新人がそんなにえらそうな態度を取るんじゃねぇよ」「その通り」
「ヒャッヒャッヒャッ」
さすがにここまで弱いやつに言われるとイライラする。
さっき殴ったのも、最初にいた一人のやつに散々イライラさせられたのが理由だ。
チビだの子供だの馬鹿にしやがって……。
ここでまた殴って黙らせるのもあれだしなぁ。
今後のことを考えるとできれば俺の実力を理解させて、なおかつ穏便にこの場を収めたい。
……グレイウルフの爪でも見せてやるか。
「これが、さっきから今まで草原にいた成果だ。どうだ? これで満足か?」
「「ゴクッ」」
おっとこれは意外だ。
あれだけ弱いグレイウルフでも数が集まると、ある程度の実力の証明になるんだな。
地味にありがたい。
二人の衛兵は、俺が出した爪に驚いているのか顔色を変え、黙ったままだ。
「グレイウルフの爪がそんなに珍しいか?」
「い、いやそういうわけじゃないんだが…………。お前が一人で、お、お前だけでそれを剥ぎ取ってきたのか?」「嘘を認めるなら今のうちだぞ? 今ならまだ笑って許してやるから本当のことを言うんだ」
「嘘なんかこれっぽっちもついてないさ。疑うなら別にそれでもいい。どうせいづれ分かる」
俺はさっさと爪をしまって、そのまま冒険者ギルドへ歩き出す。
変なところで思わぬ時間を食ったな。
「ま、待ってくれ! 分かった、分かったよ……。君は強い。見かけによらず……だが」「そうみたいだな。俺たちはどうやら失礼なことをしたようだ。謝らせてくれ」
「そうか。分かってくれたならそれでいい。じゃあな」
「っ……。ちょっと待てって。せめて自己紹介ぐらいさせてくれ。俺はルービツ。そっちのがビリーだ。よろしくな」
「よろしく」
俺を引き留めた二人組はようやく理解してくれたようだ。
まぁ正直本当にどっちでもよかったんだけどな。
いつかは分かることだ。
だが、せっかく名乗ってくれたんだから俺も自己紹介すべきだろう。
「ルービツにビリーか。覚えておこう。俺の名前はリニアス。言っておくがこれでも十七歳だからな」
「じゅ、十七歳っ⁉」「う、嘘だろ⁉ 信じられねぇぞ」
「何度も言うがお前らが信じなくても俺は構わない」
「あ、ああ。本当……なんだな。その外見でまさかそんな歳だなんてな」「信じられねえぜ。そんなの詐欺だ。だが、十七歳ならそれぐらいの実力があっても特別おかしくはない」
宿でもそうだったが、俺が年齢を話すと碌なことにならんな。
疑われて説教されるだけだ。
今度から十五歳ぐらいってことにするか。
「俺はもう行く。ギルドに用がある。じゃあな、ルービツとビリー」
「ああ。気を付けてな」「また会おうぜ」
これでやっと俺は冒険者ギルドに向かうことができる。
二人にも俺の力が伝わったみたいだし、頑張った方だ。
冒険者ギルドは丁度街の中心付近に腰を据えている。
結構大きな建物なので、街のどこからでも見ることができるのだ。
待ち合わせでもいい目印になるだろう。
いかに俺がこの街にきたばかりだといっても迷うことはない。
さすがはディールムだ。
そしてしばらくギルドに向かって歩くと、正面入口が見えてきた。
真っすぐ北門から歩いてきたから、ギルドは北向きに立っているんだろうか。
一体何の為だろう。……後で聞いてみるか。
そのままギルドの立地について考えながらドアを開け、中へと入る。
これで入るのは三回目だ。
大きな建物の内部は受付や素材の買取の他に、酒場みたいな場所もある。
まだ昼前のこの時間はギルドも閑散としていて、動いているのは受付員ぐらいだ。
さらに周りを見渡すと、ギルドの四方向にドアがあるのが見えた。
東西南北にそれぞれ出入り口がある。
それもまったく同じ作りで、だ。
ますます謎になってきた。
「グレイウルフ討伐の依頼ですね。討伐証明部位の爪を出してもらえますか?」
受付でギルドカードを見せると、スムーズに手続きが進む。
今度の受付員は昨日とは違う可愛い女の子で、作業も早い。
落ち着いた印象を受ける清楚っぽい子だが、全部で十体分ある爪を全て出すとさすがに驚いたように見えた。
そういえば、依頼では五体分の爪でいいんだっけ?
あれ? もしかして五体分しか受け取ってもらえないのか? まさか……。
「えっと……。グレイウルフを十体討伐なさったようですね。今回は騎士団からの依頼ですので重複して依頼を受けることが可能になっています。依頼では五体分ですからこの依頼を二回達成したことになりますね。それでよろしいですか?」
「分かった。それで頼む」
「了解いたしました。……はい。これで完了です。次の依頼も頑張ってください」
「ありがとう」
よかった。
倒した分が無駄にならなくて。
でも、さっきの受付員の話だと依頼によっては過剰に討伐しても意味がないってことか。
気をつけよう。
ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー
依頼達成の手続きを終えた後、一度ギルド近くの料理屋で昼食を取り、また依頼を受けた。
今度もDランクの討伐依頼。
オークの討伐だ。
数はできるだけというやつなので、近くにある巣にでも突っ込んでくるとするか。
そんな風に計画しながら今度は東門を通過して東の森に向かった。
もちろん今度は身体強化魔法を使うつもりだ。