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私のなすべきこと  作者: 睡華
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愛してる



一瞬空気が止まり、そして動き出す…。

会話は止まり、初めて禰宜の後ろに目を向け私に気づいた要を感じる…。







空気を動かすように白砂利を踏みしめる音が始まる。

顔を上げられず、下を向く私の真正面にくるように歩みは止まり、私の視界には良く磨かれた男物の靴が見える。




どちらも…何も言えない。黙ったままだ。

静寂はつづく…。

喉がカラカラに渇いて…言葉を忘れてしまったようだ。









空気を切ったのは要の声だった。

「優子…。」


全身に要の言葉が熱をもって染み渡っていくようだった。

「優子…。」


要の言葉には確かに愛情を感じた。

「優子…。」





あぁ、嬉しくて、嬉しくてたまらない!たとえそれがこの身体の呼び名でも、今この瞬間要と向き合っているのは私だ。

名前で呼ばれることがこんなに幸せなことだとは思わなかった。





嬉しい、嬉しい!!


嬉しさと幸せで止めきれなくなった感情は静かに涙となって姿を現す。




そっと禰宜の遠ざかる足音が聞こえたが、今の要でいっぱいな私にはわからなかった。







未だに顔を上げられない…。でも要の体温を近くに感じる。

涙を拭い下を向く私の頭をそっと撫でる…。最初は恐る恐る…。そして今はゆっくりと…。





「優子…、優子まだ顔を上げてくれないのか? 俺はお前の顔が見たいよ。そして抱きしめたい。

 それをお前は許してくれるだろうか?」




要の髪をすく動きはそのままに、緊張を宿した声は私に届く。

涙としゃっくりでいっぱいな私…。



でも言葉を搾り出す。


「要は私と会ってもいいの? あんなこと言って出てった私なのに…。要に合わせる顔がないよ…。」





未だに申し訳なさで顔が上げられない私。

そんな私を振り切るように要の声が続く。






「俺が会いたい。俺がお前の顔が見たいんだ。」

そっと降りてくる要の暖かい、そして節ばった男の手が初めて私の両頬を包み、促すようにそっと顔を上げさせる。

顔に太陽の光を感じる、そして…手の暖かさに励まされるように目を開く。







「かなめ…。」

目を開いた先にはじっと顔を覗きこむようにかがむ要の顔が見えた。

離れたときからずいぶん痩せたように思う。

その表情からは笑っているような、何か堪えているような泣きそうないろいろな思いが見える。





痩せてしまって、泣きそうな要が心配で自然と要の頬に手を当てる。

「要…。」





一瞬与えられた暖かさに脅えたように震えた要だったが、目を閉じると頬に当てた私の手を包むように片手で覆い、じっと目を閉じた。


私は目を閉じず要をずっと見ていた…。








「お前が無事で良かった…。」

要が搾り出すようにだしたのはそんな言葉だった。


お互いに手でお互いの熱を交換し、感じている。いつの間にか私たちは抱き合っていた…。


初めて要に抱かれた…。

初めて要から与えられる温もりが、気持ちよくて幸せで仕方ない…。






言葉を未だ発せない私を気にすることなく要の言葉は続く。


「あれから大丈夫だったか? お前が無事で良かったなんて俺には全く資格はないよな。

 

 でもずっと心配してた。あの日…お前に吐き出した言葉のまま俺はお前を追いかけることが出来なかった。


 自分でもどうしたらいいか全くわからなかったんだ。どちらにも動けずにいる俺に突きつけるようにお前の離婚届が届いた。




 自分でももうこの猿芝居は終わりか…、とせいせいする反面、本当にこのままでいいのかという疑問と、お前への思いは消えなかった。


 虫が良いよな。俺が言ったくせに。

 お前が決意したんだからと俺は考えることを放棄し、お前のせいにしてそのまま離婚届を提出したよ。




 すぐにお前の両親から心配の電話が掛かってきたが、知らないと突っぱねた。

 本当に何も知らなかったからな。




 最初は良かった。元の望んでいた独身生活が戻ってきたんだ。もうお前に振り回されることもない、自由な生活だ。

 酒もやったし、寄ってくる女そのままを相手にして好きに生活していたんだ。




 でも…、ふとこれでいいのかと思った。



 あれだけ望んでいた一人の生活も、酒も女も全く楽しくないんだ。

 全てが虚しい…。まるで乾いた砂の上を歩いているようだった。





 お前がいて、帰って暖かい家に暖かいご飯。

 時々ふとお前が口にする世界の美しさ。お前と一緒に歩いた散歩道、買い物…。

 俺はその全てに愛しさと幸せを感じていたことに初めて気がついた。

 お前がいなくなって…初めて…。




 そして初めてそんな自分を呪った。

 愛しいお前をこんな寒空の下に追い出した俺を!!




 お前が両親のところに帰ってないことは問答するご両親との会話からわかっていた。

 最悪お前が元の仲間のところにいるんじゃないかって思って、俺はお前の残していった携帯からしらみつぶしに探して回った。




 でもいなかった。どこにも…。

 




 そんな時本当に無力で…悔しくてのた打ち回っていた俺に一本の電話が来たんだ。

 お前の妹の美樹からだった。




 あんまり良い感情抱かれてないのは感じていたからな、何かと思ったらお前の居場所を知っているっていうんだ。

 すぐに飛びついた俺に美樹はこう聞いた。


 『あなたはあんな出会いをして、あんな目に合わされた優子をそれでも愛してるの?』と。



 

 

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