信じられない…
「あっ!!」
あの時、恐怖のどん底にいた私に人の温かさを与えてくれた…。自分に必死すぎて顔など覚えていなかったが、この乱暴でも暖かさのある口調には覚えがあった。
一瞬でも私を救ってくれた人…。
「あ、あの時はいろいろと有難うございました。 おかげで助かりました。お礼にも伺わず申し訳ありませんでした。」
慌ててお礼と謝罪をする私を彼は暖かい目で見てくれている。
「気にすんな、と言いたいところだがもうお礼はあんたの旦那からされているさ。」
そういえば、さっきからこの人は不可思議なことを言っていた。
「あの…先ほどお礼とか彼が…要と毎月のように会っているとかおっしゃってましたが…。彼毎月此処に参拝にきているんですか?」
自分で言っていて不思議さに首をかしげながら聞いてしまった。
彼は何のために?
「あぁ、しまった。これはあんたには秘密だったのかい? 俺が言ったって言うなよ。あんたの旦那、怒ると静かに
起こってきそうだから怖そうだ。」
そう笑いながら言う彼はそっと顔を近づけて内緒話をするように私に囁いた。
「あんたの旦那はずっと一月に一回以上ずっとここに参拝しに来ているんだよ。安産祈願のために。」
「えっ!!」
うそ…。要が…? 嬉しさとともに聞こえた言葉にぬか喜びしたくない自分がいて、自分を守るように疑問を返す。
「それって、ここ数ヶ月じゃないですか?または別の方のためじゃないかな?
今ウチって親戚にもおめでたがいるので…。」
もしかしたらあの時の人との間に赤ちゃんができたのかも知れない。この人に全てを話して聞くわけにもいかず、別の人との祈願ではないかと話を向ける。
でも、そんな緊張に震える私なんて関係なく、禰宜は言葉を続ける。
「いいや、そんな話は聞かないよ。
彼が参拝に来始めたのはあれから一月も経たないうちからだ。 初めての参拝の日には先日のお礼をとわざわざ来てくれたからしっかり覚えている。
それから毎月、多いときは月に三回ほどここに参拝に来ている。一月も欠かすことなくだ。
こんなに熱心に参拝に来る旦那さんは珍しくてね。 言ったことがあるんだ。
『あんたの奥さんは幸せ者だな、そしてあんたたちの子どもは本当に幸せだ』ってね。
彼、なんて言ったと思う。
『彼女…優子も、子どもも愛していますから…。』だってさ。
今時そんな愛情はやらねぇ!って思ったが、とても羨ましいと思ったよ、あんた達を。」
禰宜の言葉は私には予想外の連続で、感情が追いついていかない。
信じたい気持ち、幸せな気持ちとともに、懐疑的な感情が湧いてくる。
禰宜はあれから一月後からずっと…と言っていた。
その頃、私はやっと要と絆を築いていけたと勘違いし始めた頃で、その後なんて彼との接触なんてない。
彼は私を信じられないと話し、私は彼を解放するために彼から離れた。
彼にはもう付き合っている人がいて、私なんて思い出しもしないはずだ。
それなのに…、毎月欠かさず…?
嬉しさと混乱で頭がついていかない…。
与えられた情報に混乱し、目の前が回っているように見えてくる。
そんな私に気づくことなく禰宜は言葉を投げかける。
「でも、ここずっとあいつ浮かない顔してたんだよな。 なんか、苦しさと願いって感じで。
祈る姿も鬼気迫るものがあってさ。こっちも心配になっちまって思わず聞いちまったんだ。
『あんたの奥さん、具合悪いのかい?』ってね。
そしたらあいつ
『いいえ…。頑張ってますよ、きっと。俺なんかお呼びじゃないくらい』
そうなんか泣きそうな、いろいろなものを我慢したような笑顔でいうもんだからさ。
こっちももう聞けなくて…。だから、今日あんたが順調に育ったその大きなお腹とともに元気にここに来てくれて
人事だけど本当に嬉しいよ。」
禰宜はそう暖かい目をしながら言った。