感謝
「顔をあげて。」
その言葉に反応し、ゆっくり上げられた顔には強い意思を感じさせる瞳があった。
「ありがとう…。あなたの思い…嬉しかったわ。本当に有難う。」
その強い瞳を見つめ、心から溢れた笑顔のままお礼を言う。
「優子、本当にこんなことになって…。
「いいの!」
下を向き始めた顔を止めるように言葉を遮る。
「本当のこと…だから。いつかはこうなったのが…はやまっただけだから。だから…あなたの厚意をあなたで否定しないで。」
彼の瞳は迷ったようにゆれ始めていた。
もう…それだけで良かった。この身体の優子にこれだけの気持ちと行動を寄せてくれる人がいた。
本当にそれだけで、人生が大きく開けたように見えた。
この子と胸をはって生きていける。
「優子…これからどうするんだ。此処はやめるのか?」
彼の声は迷いを移したように弱弱しく聞こえる。
「そう…かもね。でもこれから…、これから…。どこへでも生きていけるわ。私はお母さんだから。もう迷ったり、弱ったりは出来ないの。 心を強くするお守りはここの人と…、あなたにもらったから。 本当に大丈夫よ。」
彼は言い縋るように
「こうなったのも俺のせいだ。俺が出来る限りのことをさせてくれ。」
と言葉を掛けてくれる。
でも、もう甘えていい期間は終わってしまった。私はもう、この身体でいることを否定しない。
悲劇のヒロインを卒業したのだから。
「本当に、本当に大丈夫。お金も貯まったし、この子と先の見通しが出来るくらいは蓄えがあるから。」
「さやちゃん。」
それまでずっと言葉を開かなかった女将さんの声があたりに響く。
一瞬ビクっと身体が震える。
ゆっくり身体を向き合わせると、女将さんは厳しい表情のまま言葉を発する。
「あんた、ここを出て行くのかい?」
「…………。はい…。こんな騒ぎをおこして、ご迷惑をおかけして…。もうご厄介にはなれません。
本当にご面倒をおかけしました。」
女将さんとしっかりと向き合い、自分の出来うる限りの感謝をする。
沢山の、たくさんの気持ちをこめて。