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私のなすべきこと  作者: 睡華
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記憶の男




「俺がいったい何をしたっていうんだよ!!」

騒ぎの終末はあっけなく訪れた。





女将さんの繋がりの鉄の包囲網により、すぐに私をつけていた男の正体が割れ、女将さん立合いのもと顔を付き合わせることになったのだ。




こうして逃げずに立ち向かうという意思を尊重してくれた女将さんは、その男に会いたいといった私に何も言うことなくこうして場を作ってくれた。








「ゆうこ…。」

私を私じゃない名前で呼ぶ人…。




私を優子と呼ぶその男に幾人かが不可思議そうな顔をする。




その顔を視界に入れながら、じっとその男を見る。

軽そうだが、顔は整っておりオシャレでモテそうなタイプだ。





「優子、俺だよ静也だ!わからないのか!?」

その男の声に覚えはない、その男の顔にも…覚えはない。




でも、何かが揺さぶられる。



私を優子と呼ぶこの男のこのこの言い方に…。






「お前!さんざん、お前の悪事につきあった俺にこんなことしてもいいと思っているのか?!

お前の旦那とのこと、子どものこと、お前の散々人を踏みにじった生き方全部ここでぶちまけてやろうか?」






(あ…!!)

こいつは…この男は…あの夜の引き金になった男…。

優子を知っている男だ。






引っかかりをもっていた記憶が凄い勢いで回転をはじめ、この男との出会い、そしてあの夜の別れが走馬灯のように巡っていく。




身を引き裂かれるような辛い別れ、そしてその後の身を痛めるような彷徨う日々と女将さんとの出会いが駆け巡る。






(この人さえ…この人さえ現れなければ…この優子の真実を知らなければ…もしかしたら今も要とともいれたかもしれないのに…。



この子も要とともに育てていけたかもしれないのに…。)








頭の中で自分の都合のいい もし… が駆け巡り怒りとも悲しみとも言えない巨大な感情が心を埋める…。




ツカツカツカツカツカツカ…

バン…!!






気がついたら男に近寄り、支配された激情のままその頬を思い切り叩いていた。





「あんたさえ、あんたさえ現れなければ、私は今も要といれたかもしれないのに。

あんたさえいなければ、この子も父親を失わずにすんだかもしれないのに。

あんたさえ…あんたさえ………。」






激流と化した感情はあふれ出すまま言葉を吐き出す。




この男に何の非がないのも理性ではわかっているのに…言葉が、感情が止まらない…。

私はきっと誰かのせいにしたかったのだ。

この悲しさも、辛さも…一人で抱えるのには重すぎて…、

誰かのせいにして逃げたかったのだ…。






この男を罵倒し続ける自分の中で、そんな自分に気がついて嫌気がさす。





男も最初はあっけにとられ呆けたように私を見ていたが、そのうち怒りが湧いたのか、感情のまま罵倒する私に対抗するように、この身体の優子の所業を洗いざらいぶちまける。






ハッとそれを聞いて、あっけにとられていた周りの目が半信半疑に変わり、今はもう疑惑の目で私の身体に注いでいる。




やっと築いてきた信頼と居場所が崩れる音がする…。





それでもわかっていた。いつかはこうなることは。それが少しはやまっただけ…。






(人一人の生きてきた人生を肩代わりし背負うということのなんと大変なことだろう…。)






「さやちゃん、この男の言っていることは本当なのかい?」

女将さんが厳しい目で私を見つめ尋ねてくる。






一瞬私じゃない!!と否定し、女将さんに皆に駆け寄りこの現実を忘れてしまいたかった。

でも、それは出来ない。





「はい、本当…です。」

周りから息を呑む音が聞こえる。






やっと得た居場所を失ってしまうことが心が…鷲づかみにされたように痛い。






周りはもう誰も喋らない。

じっと事態を注視するだけだ。





私の信頼を失墜させ、溜飲が下がったのかつかまった男はニヤニヤしながら私を見ている。

もうあとはこの男と決着をつけるだけだ。






「あなた、私の後を追い掛け回して何がしたかったの?」

ぽっかりと空いた心のまま、男に向き合い問いかける。








「それは……。」

初めて男は目を逸らし、言葉を消す。






「私がしてきたことであなたを傷つけ、迷惑をかけたことは謝るわ。さっき叩いたことも、あなたを罵倒したことも…。ごめんさない。本当にごめんなさい…。





もう…見てもわかるようにここにも私の居場所はないし、あるものと言ったらお腹のこの子と…、私の命、少しのお金しかないわ。




本当にあなたに差し出せるものはなにもないの。なにも…。

私の都合だけであなたの気持ちの溜飲はさがらないかもしれない。







でも、本当に私には何もないのよ。」


多くの目が注がれる中、そっとお腹を支えながら男の前に座り込む。







「これしか出来ないの。本当にごめんなさい。」





私は出来うる限りの体勢で男に頭を下げ謝罪した。


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