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私のなすべきこと  作者: 睡華
24/34

区切り



ひとしきり泣かせてくれた女将さんは、

「湿っぽいのは嫌いだよ。」

とそっぽを向いて暖かいお茶を差し出しきた。



素直じゃない優しさに口がほころぶ。





ちゃぶ台を囲むように座り、おもむろに口を開く。



「さやちゃんが最近急に痩せて、目の下に隈を作ってくるようになっていたのは知っていたんだ。

でも、さやちゃんに人に言えない事情があるのもわかっていたし、触れられなかった。

それがこんなことになって。

もう隠さないで、全部話してくれないかい?」

女将さんの目は真剣で、本当に心配している気持ちが感じられた。




ここで言ったら甘えてしまう…。

それでもその真剣な瞳と誰かに縋りたい心の弱さに促されて、重い口が開いてしまった。






「…………ご心配おかけして本当にすみませんでした。

実は…、最近昼休憩や、御使い、休日の日に視線を感じるようになったんです。


はっきりと見ている誰かを見れたわけじゃなくて…気のせいかと思っていい出せなくて…。

それが重なるせいで、精神的にもまいって眠れなくなってしまって…。


それがこんなことに…本当に申し訳ないです。」



せっかく拾ってくれた女将さんに私事で多分にご迷惑をおかけして…申し訳なくて頭が上げられない。





「………、さやちゃんに心配かけたくなくて言わなかったんだけど、あの時の聞きまわっているやつ、話した段階では私も噂を聞いた程度だったんだけど、あれから女将さん仲間のところにも聞いているようで注意促されたりしたんだよ…。


それが先日、ウチの店の従業員、ここにいる香苗ちゃんに聞いたヤツがいたんだ…。」




「えっ…。」

自分の気のせいだと思い込もうとしていた視線に実態があったこと、こんな身近な人間にまで私のことを聞きまわっているなんて思ってもみず、いきなりもたらされた情報に頭がついていかない。




そんな私を慮ってか誰も口を開かず沈黙が落ちる…。






口を開いたのはやはり女将さんだった。


「さやちゃん、思い切って産休に入らないかい?」



「えっ…。」




「ここんとこずっと考えてたんだけどね。あんたもそろそろ臨月近いだろう。出産予定日まではまだ日があるが、もう何が起こっても不思議じゃないんだ。


それに…あんまりお医者にも掛かっていないんじゃない?」




それは自分でも考えていたことだった。




自治体の補助があるおかげで検診や出産費用は最低限であればお金がほとんど掛からなかったが、その後の生活の面倒までは見てくれない。



オムツやミルク代、洋服など必要なものなど山のようにあるが、赤ちゃんがいるから働けない状態も発生する。



女将さんも気遣って休みを調整してくれ最低限の検診はいけていたが、その後のお金が頭をよぎりついつい働くことに重きを置いてしまっている現状があった。






でもそろそろ限界なのかもしれない…。







「あんたはその身体でよく頑張ったよ。もう休みをとっても良いんじゃないかね。」





あぁ…素直にその言葉が身体にこころに染みる…。

私はこの子との生活を思うあまり、もう自分では止まれなかったんだ。そんな思いが頭をよぎる。









「あんたがいろいろ考えて働くのもわかるけど、あんたとその子は繋がってるんだ。あんたが無理をした分だけその子にも負担がかかる。その子を思うのと同じくらい自分を大切にしなさい。



あんたはその子の親なんだから…あんたが倒れちゃ意味がないんだよ。」






当たり前のことなのに、前を向きすぎるあまり当たり前のことが見えていなかった自分がいた…。







そっと女将さんをみるとしょうがないなぁと呆れるような、でも頑張ったねとでも言うような優しい顔をして私を見つめていた。



あぁ…ずっと心配をかけてしまっていたんだ…。






そう思うと意固地に働いていた自分からするりと言葉がでる。



「本当にご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。

そしてこんな私を暖かくみていてくださり有難うございました。

ご迷惑をおかけしますが、産休に入らせてください。」







拾われたのがこの人でよかった。

ここで働けて本当に良かったと今改めて思えた。











◇◇


「さて、心配していたさやちゃんの身体のことについても解決したし、今度はストーカーについて対策をしないとね。」

しんみりとした空気のなかちゃめっけがある言葉を香苗さんが言う。





「ストーカー…。」

言われてみればストーカーだった。今まで正体が見えなかったものが実態を表したようで一瞬背筋に震えが来る。



そんな私を見たのか女将さんはそっと背中に手を当ててくれ背筋のピンと通った姿勢で言葉を発す。





「うちの大事な従業員をこんな恐怖を与えてくれちゃあ営業妨害だ!

あんたたち、ウチの従業員総出でことにあたるから協力頼むよ!

ゴキブリストーカー殲滅作戦指導だ!」




いつもの頼りになる女将さんが今日は2倍増しで格好良く見えた。




女将さんの言葉に即座に頷いた2人はすぐにゴキブリストーカー殲滅作戦について意見を言い合う。

これから住む場所、どうおびき出すか、なによりまず敵の把握など恐ろしいまでのスピードで意見がぶつかり合う。




男連中を締める板長と仲居の中心人物たる香苗さん、ゆうに及ばずこの界隈での顔でもある女将さんが結託したら鬼に金棒だが、あまりの行動力に思わず言葉を失う。








「その前にまず…ゴキブリストーカー殲滅作戦って……。」





誰も突っ込まなかったネーミングに思わず突っ込む。その言葉は作戦に熱くなった他の3人には聞こえず独り言で終わった……。



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