社務所にて…
事務所に着き、私を抱えていた彼は私とともにゆっくり腰を下ろし、私の顔を覗き込む。
やっぱり知らない。こんな人見たこともない…。
彼を見ても、私の記憶にある人物のどれとも一致せず、私はこれが私と全く違う人生を歩んでいると思い知る。
「優子、わかるか? 俺だ。要だ。お前何があったんだ?」
「かなめ…?」
ぼやけた視界に写った彼は一度も染めたことがなさそうな黒髪を長めにながし、涼やかな目元が印象的などちらかといえば酷薄そうな顔立ちだった。
ただ、自分に強い自信をもつ意思が強そうな端整な顔をしていた。
この人はどうやら知らないながらも私の夫らしい。
私はかろうじてある理性と思考を集め、ただまだ人事のように考え始める。
私がここでこの身体が私じゃないと叫んでも、誰も真剣に聞いてくれない。悪ければ精神病棟送りだし、主張が通ったとしても、こんな誰も知り合いがいないなか一人で生きていくなんて無理だ。
私はこんな心が狂って、絶望のなかでも、至極人間的な打算に考える自分に反吐が出て笑いがこみ上げながらこの彼の話にあわせることにした。
「かなめ…。要!! 私…わたし…ちょっとトイレにいったら…なんか急に…きゅうに…。」
さも信頼する人間に助けを求めるように彼にしがみつき、要領の得ない話でごまかす。
「あぁ。わかった。大丈夫だ。」
彼はすがる私を一瞬躊躇し、固い動作で抱きしめる。
私たちを囲んだ禰宜たちは安堵の表情を浮かべる。
私は自分のとりあえずの安全と安定の為に彼についていこうと決めた。人間は所詮自分が一番可愛く、他人のことなど二の次なのだ。