溢れだしたもの
空気が震える…。
「何を…いってるの?桐生優子、松田優子じゃないって…飯田彩夏って……。……意味わかんない…。」
彼女の声は震え、落ち着きなく動く…。
「本当に…申し訳ございません…。」
私は黙って頭を下げ続ける。
「謝られても困るわよ…。今の嘘なんでしょ?記憶がなくて、人格だけ別の人間なんて…小説じゃあるまいし…。」
「全て事実です。私は松田、桐生優子じゃありません。飯田彩夏なんです…。」
下を向いたまま、声をあげる。
「二重人格とかじゃないの?あんたなら、ありそうだし…。」
彼女は信じたくないというように別の選択肢を投げかける。
でも、私の答えは変わらない。
「私にも…わかりません。もともと桐生優子のなかに私という人格が育っていてこうなったのか…。それが入れ替わり今の私になったのか…。でも、今の私に言えることは、私に桐生優子の記憶はなく、飯田彩夏という別の人生、記憶を持った人格だということです。」
「はぁ~~~。」
どさり、と背もたれに寄りかかる音がする。
「頭…上げて?」
言葉に甘えて顔をあげると、そこには頭に手をあて力なく寄りかかる姿があった…。
もうそこに強い視線を投げかける者はいない…。
緊迫した空気だった…。
キィ…。
背もたれから離れ、指の間から私を見る。
その瞳は真実を読み取ろうとするように深くまで見るようだ。
◇
どれくらい経ったろう…。
彼女の口が開く…。
「こうしてみると傍目はあの憎い女のままなのに…。聞いてから見ると、まるで違う人に見える…。
あいつはそんな弱い目も真摯な瞳もしなかった…。少なくとも私は見たことがない。私にそんな口調で話したことも、弱い心情も、本当の気持ちも、謝罪すらしたことなかったわ…。」
彼女は冷静になろうと口から言葉を出していく。
私は…どきどきする胸と申し訳なさから必死に視線をそらさずにいた。
「あいつが誰かを愛するなんてしらない…。ましてや、自分からこんな身を粉にして働いたことだってなかった。いつも奪うか与えられ、優雅に歩いていれば良かったんだもの…。
あんたの今の行動は…あいつと重ならない………。」
彼女から出てくる言葉が私を認めてくれているようで、信じられなくて…思わず震える声で口を挟む。
「私の言ったこと信じてくれるの?」
彼女は一瞬行動を停止させたあと…こう言った。
「信じられない…。でも…、納得は…できる部分はある…。
私はあいつが本当に嫌いで、消えてくれと思ってたから、愛情なんてなかったから、多分家族じゃなくて、他人の目で見ているんだと思う。
そうやってみると、あんたの言ってること本当に思えてくる…。
皮肉だね。消えてくれと思ってるから、あんたの言ってることに納得が出来るなんて。
でも、それは私だからで親は無理だと思う。
もし…、あいつのこと家族だと思ってたらあんたの言ってること信じられなくて…、信じたくなくて、姉を奪った略奪者だって憎んでいたと思うんだ。
だから、無理。」
初めて、自分の全てを話し、受け入れてくれたことに震えるほどの嬉しさと、実の姉を消えてくれと…、他人として話す彼女になんて言ったらいいかわからなかった…。
でも…、涙が勝手に溢れ止まらなかった…。
「ひっく…、ひっく…。」
必死に止めようと目を押さえ、口を覆っても涙も声も止まらない。
いきなり泣き出した私に一瞬びっくりした彼女だったが、刹那に優しい目をしたあと、すぐに無表情に戻し慰めるでもなく、同じ空間にいてくれた。
それが泣いてもいいよって言ってくれているようで…私は身を震わせ蹲り大声で泣いた。
嬉しかった。優しかった。今までの不安や言えなかった言葉、嘘を重ねてきた罪悪感が全て涙になって出てきたようだった。
今でも抱える恐怖や安堵を言葉にならない言葉で吐き出しながら、私は泣いた。
彼女は優しかった…。