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私のなすべきこと  作者: 睡華
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長い夜の始まり

「「いらっしゃいませ~」」

今日も玄関の灯が灯るとともに高尾には絶えず客が訪れる。








その裏では今日も怒号と注文の戦場が続く。


「それは違う客のもんだろうが!!」

「頼んどいたアレは出来たかい?」

「お客様待たせるんじゃないよ!!」



目が回るくらい毎日慌しく、気が抜けない瞬間が続くけど私にはその忙しさが救いになっていた。





もう2ヶ月。


まだまだ、覚えることばかりで半人前だが、女将さんや周りの人のご好意や暖かさに支えられ、今日も私は働いていた。






あれから高尾の女将さん、邦子さんは宣言どおりこんな私に仕事と住む場所を与えてくれた。

高尾はまだ粋が息づく都内の下町で居酒屋と高級料亭を足して割った感じのお店で表にカジュアルな飲み屋、裏に料亭を抱え、その全てを邦子さんが仕切っていた。



私は料亭の女中としての仕事をもらい、表のヘルプもしながら、ハードながらも身体を労わりながら働かせてもらっていた。

料亭だから最初の礼節や仕草は厳しく叩き込まれたが、あとはこの無駄に綺麗な顔が功をそうし、働きぶりもまずまずの評価を得られ、周りとも上手くやれていた。




「さやちゃん、もうお客さんお帰りになったから部屋片付けてきて。」

「はい!」



周りの方は事情を知らないながらも、こちらが申し訳なくなるくらいまで甘やかせず、かといって無理させずという仕事を回してくださり、私も自信をもってここにいていい!という支え方をしてくださっていた。



要のことを思い出さないかといったら嘘になるけど、私はこの子とともにこの生活を守ることだけに必死だった。




「片付け終わりました。次は?」

「それなら、表にヘルプにいってくれるかい?今日は大学の同窓会やら親睦会やらで人手が足りないみたいなんだ。

悪いけど、お願いね。」

「はい、わかりました!」








店を移動し、表に来ると大学生の年代やら、社会人、役職についているような年代まで幅広い年代での宴会が繰り広げられていた。



どうやら、どこかの大学の部の親睦会らしい。

(大学かぁ。私もサークル入ってたなぁ。)

そんな懐かしさや苦しい感情が一瞬頭をもたげるが、すぐに忙しさに飛んでいってしまった。




「ヘルプ来ました!」

「ありがとね。じゃあ、早速だけどこの料理お願い。人が多いから気をつけてね。」

「はい。」

料理が盛り付けられたお皿を持ち、足元に気をつけながら客席を回る。




楽しい宴会なのか笑顔が溢れ、人事ながらもつい笑顔になりながら仕事を続けていると、ふとこの場にはそぐわない刺さるような視線を感じた。

(んっ?)

見渡すと壁際の大学生の集まりの中に強い目をした目鼻立ちのしっかりとした女性がこちらを睨むように見ていた。



「すいませ~ん。」

「はい、今うかがいます!」

(気のせいかな…。)

一瞬止めた視線はすぐにお客の注文によって離される。

でも振り返るとその強い視線はずっと続き、その視線が緩まることはなかった。





◆◇







夜も深まり、長らく続いたこの宴会も終わりを迎えようとしていた。

さっさとコートを着込み外に出る人、酔っ払いを介抱する人とお客は思い思いに行動している。



ふと…、あの視線の主が気になった…。

(あの人どうしただろう…。)

気になりながらも、お客を見送るため入り口に足を向けていたとき後ろから声が掛かった。



「すいません。」

「はい、何か?」

いつもどおり微笑を常備しながら振り向くと、そこにはやはりあの視線の主が立っていた。



一瞬不安が心にもたげるが、それを隠し彼女に向き合う。

「何か、ご入用でしょうか?」

「あの、桐生優子さん、ですよね?」

彼女は強い視線を緩めぬまま、確証をもって問いかけてきた。





「えっ…。」




まさか、ずばりと聞かれるとは想像もしなかったためすぐに言葉が出ず、言葉につまる。



「えっと…あなたは?」

「私は松田美樹です。あなたの妹の!あなたが桐生優子なら話があります。時間をとってくださいませんか?」

その視線は逸らすことを許さない強さで迫り、丁寧ながらも押しの強い言葉がくる。



「お時間は取らせません。仕事が残っていらっしゃるならお待ちしています。」

彼女は畳み掛けるようにNOを許さない状況を作る。




いつの間にか、帰る客の流れはなくなり、店には彼女だけが残っていた。

同僚の心配げな視線を感じるなか、私のなかに逃げる選択肢もなくこう答えていた。




「まだ、片づけが残っているので…。向かいの端のお店でお待ちになっていてもらえませんか?夜も遅いから危ないし、遅くまでやっているお店なので。終わりましたら必ずうかがいます。」

「わかりました。」

彼女はやっとその強い視線をはずし、コートを翻し店を出て行った。





今夜は長い夜になりそうだった…。


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